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第41回福岡憂国忌、盛大に開催。



皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

かねてお知らせしておりました通り、去る11月23日(祝日)に福岡市東区の福岡リーセントホテルにて第41回福岡憂国忌が開催され、500名近くの方が参列くださいました。内、国会議員や地方議員も総勢20名ほどお見えになりました。記念講演では元海上保安官の一色正春氏が「尖閣を守れ!―海上保安官の使命と誇り」と題して、領海警備の現状などについて解りやすくお話されました。

福岡憂国忌は例年、筥崎宮の参集殿で開催されますが、今年はYoutubeへの支那漁船衝突映像公開で一躍有名になったsengoku38こと一色正春氏が講師ということで、より広い会場として福岡リーセントホテルになりました。しかし、実際にはさらに予想を上回る入場者で立ち見も出るほどでした。長時間立ったまま講演を聞いていただいた皆様には申し訳なく思います。ホテル側にもあるだけ全ての椅子を出していただいたようです。

一色氏のお話の中で改めて解ったことは、わが国は領海警備ができていないということです。尖閣ビデオが撮影された当時も、周辺海域には100隻以上の支那漁船が航行しており、内30隻が日本領海に侵入して漁を行っていました。それに対しわが海上保安庁はわずか4隻程で退去警告を行うのみ。それが慣習化していたというのです。そこで何故か支那漁船が意図的に衝突してきた、そこで初めて拿捕・逮捕、ということになります。

わが国の法律では海上自衛隊が領海警備を行うこともできません。普段の海上パトロールは、研究調査という名目で行っているそうです。従って領海警備はわずかな人員しかいない海上保安庁が担うことになります。現実問題、尖閣諸島沖の海の支那漁船は野放し状態です。そのような実態が日本国内でほとんど知られていない、あるいは関心が薄いという問題もあります。

一色氏は最後に、「政治の不甲斐なさを政治家のせい、マスコミのせい、他人のせいにしてはならない。政治が悪いのは私たち一人一人の国民に責任がある」という主旨のことを仰いました。まさしくその通りだと思います。

今年の福岡憂国忌は過去になく盛大なものとなりました。これもひとえに、支援者の皆様のお陰です。実行委員の一人として、深く感謝御礼申し上げます。私は三年連続で司会を務めさせていただきましたが、憂国忌の度に大きなエネルギーをいただいている気がします。私がもっとも尊敬する歴史上の英雄・三島由紀夫の祭典に携わることができ、これに勝る喜びはありません。

また一年間、三島由紀夫の精神を思いつつ精進致します。まことにありがとうございました。

宮城復興支援活動を終えて

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

国際協力NGOフリーピースのメンバーとして、合計3回にわたり宮城県を訪問し、支援活動を行いました。今回の第三次宮城復興支援活動をもって、一応の区切りがついたことになります。今後は現地のボランティアと連絡をとりながら、この福岡でできることを中心に支援活動を継続したいと考えています。また近い将来、今度は観光という形で南三陸町を訪問できればと思います。

フリーピースによる宮城復興支援活動には、福岡内外の実に多くの方々がご協力下さいました。この九州・福岡の人々の温かい思いを、少しは東北に伝えられたのではないかと思います。ほんとうにありがとうございます。

今回、私たちは約1週間現地で活動したわけですが、南三陸町の中でも歌津地区の寄木漁港を中心に活動することになりました。前回は避難所から仮設住宅に移る時期で、それらへの物資運搬や仮設住宅補修工事が中心だったわけですが、今回はより前進し、現地の人々の雇用確保のための支援活動となったわけです。

このような活動の転換(ニーズへの柔軟な対応)ができたのも、現地に移住してボランティアを続けている宮城復興支援センターのメンバーのおかげです。私たちが「棟梁」と呼んでいる大工の岡部くんは地元の人からの信頼が厚く、彼も積極的に外部に情報を発信して真に必要な支援に繋げようと努力しています。

7月中旬に第二次宮城復興支援活動を終えて帰る時も感じていたことですが、これから被災者支援のために必要なことは経済活動を「復旧」させることです。今回、寄木漁港の漁師さんたちと交流してわかったことは、この復旧がかなり難しいということです。たとえば漁船を新たに建造する場合、公的支援(無利子無担保の貸し付けなど)があるわけですが、漁船の建造費用が震災前に比べて高騰しているため、実際の自己負担金額は公的支援を受けたとしても震災前に漁船を新造した場合と変わりません。その他、漁具や加工場も圧倒的に足りません。

これら第一次産業の復旧に必要な資金は公的機関への寄付だけでは支援が行き渡らず、地区単位での積極アピールに迫られています。

被災地の抱える困難はより深刻で複雑になりつつあります。今回の活動でそのことがよくわかりました。

これからも被災者の声を伝え、早く自立ができるようにできる限りのことをしていきたいと思います。

九州の空に拉致被害者返せと叫びこだます

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

本日10月2日、救う会九州連絡協議会主催による「北朝鮮人権侵害問題啓発集会」「国民大行進」が開催され、多数の皆さんにご参加いただきました。詳しくは後日、救う会福岡の公式ブログ(sukuukai.jugem.jp)で報告されます。



また、有志の方により集会とデモ行進の様子がニコニコ動画で中継されていました。アーカイブを下記URLにてご覧いただけます。(視聴にはニコニコ動画のIDが必要)

http://live.nicovideo.jp/watch/lv65732722?ref=community
※00:32:20くらいから始まります。



参考記事
▽北朝鮮拉致 福岡で集会 風化危ぶみ「関心持って」(南日本新聞)
http://www.373news.com/modules/pickup/index.php?storyid=35405

毎年主催者や参加者からは「来年はやらずに済むように」という言葉がでますが、どうもめざましい進展は見えて来ません。国会議員や地方議員の参加もありますが、全体からすると極めて少数です。因みに福岡市議は2名が参加されました。内1名は救う会福岡の幹事長です。

よく言われることですが、拉致問題は戦後日本を象徴する事件です。拉致犯罪そのものは、日本一国が被害者なのではありません。しかしそのような国家犯罪を犯した北朝鮮に対する外交政策は、国際的にも際立って異常です。その異常さが、戦後日本の戦後日本たるゆえんと言えるでしょう。領土問題でも同じですが、「主権」が侵される事態にあってなんら対処することができない国というのは、独立国家ではありません。

国家の主権が確立できていないということは、民主主義でいう国民主権も確立できていないということです。何故なら日本は明治以来「国民国家(Nation-State)」だからです。国民主権が確立していない以上、日本の民主主義は機能していないということになります。

つまり、拉致問題を解決できない、拉致被害者を救出できない以上、現日本政府には統治者としての正統性がないということです。増税が議論されているところですが、拉致問題ひとつとっても日本国民は政府に反乱を起こす充分な理由があります。

筥崎宮放生会フリーマーケットのご報告

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

前回お知らせしておりましたとおり、9月12日から1週間にわたって筥崎宮放生会で東北支援のフリーマーケットをNGOフリーピース主催にて開催させていただきました。フリーマーケット開催にあたって、支援者の皆様からも多数の物品提供を賜りました。ここに深く感謝御礼申し上げます。

お店の名前は代表理事の発案により「東日本復興支援ショップ・希望の星」となりました。私たちの活動は復興へ対して微々たるものでしかありません。しかしこの九州福岡から復興支援の声を挙げ続けることが大切であり、いつか九州の声が復興の希望の星になるものと考えています。

「希望の星」では宮城県の物産も4点販売。暑さもあって「宮城の伊達なサイダー」が大人気でした。これらの商品は、東京の築地市場にある「緑の駅」でも販売されています。

さいきんは原発に絡む報道ばかりになって忘れられがちですが、津波で壊滅した街々に産業を復興させることが大優先です。そのためにも、これから被災地の物産を販売する活動を続けて行きたいと考えています。

NGOフリーピースでは再度地元博多でフリーマーケットを開催します。放生会へ行けなかったという方は是非ご来場下さい。

博多五町 大感謝フリーマーケット in 奈良屋町

日時 9月24日(土)25日(日)午前10時〜午後5時 
場所 福岡市博多区奈良屋町5−10 エヌ・ビー・エスビル 1F 駐車場

http://free-peace.org/archives/1159

宮城復興支援活動、報告会を開催しました。

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

お知らせしていたとおり、去る24日に宮城復興支援活動の報告会を開催しました。そのとき上映したビデオと、報告会の様子を公開しましたのでご紹介します。

▽FREEPEACE宮城復興支援活動ダイジェスト
http://youtu.be/Zi-XC8LOK5o



▽【ボランティア報告会】被災地南三陸町のおはなし
http://youtu.be/nNh-b9ked8E



会場にはおよそ30名の皆様にご来場いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。フリーピースによる報告会は、今後も様々な場所で開催させていただく予定です。

尚、国際協力NGOフリーピースは、東北復興ボランティア活動に関する講師を無償で派遣します。詳しくは下記事務局までお問い合わせください。

≪国際協力NGO フリーピース FREE PEACE≫
〒812-0023 福岡県福岡市博多区奈良屋町5 番10 号 エヌ・ビー・エスビル5F
TEL:092-262-2360 / FAX:092-283-8430


現地の動画は本編をDVDにまとめて販売しています。同じく上記フリーピースにお申込ください。 
・オリジナルDVD 『FREEPEACE宮城復興支援活動』 79分44秒
  販売価格1500円(送料別) ※売上の一部は東日本大震災復興支援活動費に充てられます。

尚、データマックスの山下記者が取材にこられ、動画の中で言及していただきましたので合わせてご紹介致します。

▽【夕刊NET-IB】そげんこつですか!「一定のメド」〜被災地の不満
http://youtu.be/ytRlO9logdg






復興支援、現地からの報告(4)

皆さんこんにちは!本山たかはるです。先日、宮城県から福岡に帰って参りました。約1カ月近くのボランティア活動について、最後の報告となります。今回の出張にあたってご支援いただいたすべての皆様に心より感謝申し上げます。

7月12日(火)

数日前より車のエンジン音がおかしかったため、登米市内のトヨペットに車を持っていき部品交換。午後から南三陸町に入り、仮設住宅に要望のあった物資を戸別配布。その後、別の仮設住宅での補修工事をサポート。

7月13日(水)

東京から新たなボランティア1名来所。午前中は仮設住宅に物資個別配布、午後は仮設住宅の補修工事サポート。

7月14日(木)

引き続き仮設住宅への物資配布、補修工事に従事。夕方、再び宮城入りした森田代表理事を迎えるため、JR新田駅へ向かう。

7月15日(金)

登米支部から引き上げ、いったん南三陸町入り。さかなのみうらに向かい、今後の見通しを聞く。登米東和から高速に乗り、福岡への帰路に就く。

7月16日(土)

途中2時間半だけ仮眠を取り、午前10時過ぎにNGOフリーピース本部に到着する。

復興支援、現地からの報告(3)

皆さんこんにちは!本山たかはるです。

宮城県でのボランティア活動も残すところ僅かとなりました。昨日は大きなイベントがあり忙しくなったので、今日ブログを更新しています。

7月3日(日)

朝9時、宮城復興支援センター登米支部に埼玉県から直接物資が届く。すべて中古のスーツケース。支部の物資を整理する。夕方、京都から新たなボランティア4名来着。20代男性2名、60代女性2名の一行で、プロテスタント教会からの派遣。

7月4日(月)

朝、仙台放送(フジテレビ系地方局)が登米支部に来る。一日同行取材のため。定期便として五ヶ所の避難所を回り、トイレットペーパーや洗剤などの物資を届ける。また避難所へ行き、要望のあった物資を直接届ける。夕方、新たに東京から60代男性ボランティア来る。

7月5日(火)

いよいよ本格的な仮設住宅戸別訪問。困りごとや物資の要望を聞いて回る。仕事を失った高齢者が多いことを実感する。

7月6日(水)

午前中は支部の大掃除。午後は本来休みだが、短期ボランティアの人達の要望により仮設住宅回りを行う。

7月7日(木)

終日仮設住宅回り。要望のあった物資も戸別に届ける。棚の組み立てなども頼まれてはその場で対応する。宿舎への帰路、遠回りして気仙沼に立ち寄り視察。かなり濃い霧が出る。ある岬は工場が全壊し、ハエやカラスが異常発生していた。

7月8日(金)

朝、京都や東京から来たボランティアの皆さんを見送り、南三陸町で魚屋に立ち寄って仙台市に向かう。京都から戻った棟梁と合流。宮城復興支援センターのアパートに泊まる。

7月9日(土)

宮城復興支援センターが毎週水曜日に運行する無料バス(南三陸町〜仙台市)の出発式準備のため、仙台市の本部で物資を積み込み南三陸町へ。ベイサイドアリーナで設営を行う。ちょうどAKB48が来ていた。

7月10日(日)

朝5時半に起床し、そのままベイサイドアリーナへ。8時過ぎに出発式が始まる。東京築地の有名寿司職人がチームを組み、海鮮丼の炊き出し300食を振る舞う。スーツケースも配布し、バスを見送る。参加者にはたいへん喜ばれ、昼と夕方のニュースで報じられた。

7月11日(月)

物資定期便として三ヶ所の避難所を回る。また、宮城復興支援センターが東京築地市場に南三陸のアンテナショップを出す準備のため、海産物加工工場との打合せに同行。

復興支援、現地からの報告(2)

皆さんこんにちは!本山たかはるです。今日は宮城に来て初めてゆっくりする時間ができました。PC が無いのでスマートフォンからブログを書いています。

復興支援活動報告としては二回目の更新です。一ヶ月の滞在予定も、折り返し地点となりました。数々の貴重な体験に感謝しています。

6月27日(月)

前日仙台入りし、そのまま宿泊したアパートを朝8時にでる。アパートは宮城復興支援センターがボランティア宿泊用に借りたもの。9時にセンター本部に到着し、ミーティングに参加。月内に仙台市営地下駐車場の物資をセンターに全て移すミッション。地下駐車場に行って、その量に愕然とする。

6月28日(火)

前日に引き続き、物資の移動。方法は4トントラックを駐車場入口に横付けし、3〜4台の乗用車で地下二階からピストン輸送する。物資は仮設住宅に入居する際に必要となる食器、布団、歯ブラシ、タオル、衣類、缶詰め、インスタントラーメン、生理用品、そしてそれらを入れるスーツケース。連日の重労働をものともせず、夜は国分町に繰り出す。

6月29日(水)

予定を超過して仙台市内で引き続き運搬業務に従事。真夏日となり、連日の超重労働での疲弊に拍車をかける。人生でもっとも肉体を酷使した日。夜、船田氏の自宅で食事と風呂をご馳走になり、一路登米支部へ。

6月30日(木)

約束してあった仮設住宅へ。住人と大工ボランティアが打合せし、材料の買い出しに。石巻のホームセンターでは材料が揃わず、けっきょく登米のホームセンターまで戻る。結構な量の木材を買い込み、仮設住宅に戻る。さっそく玄関の庇を伸ばす工事が完了。われらが棟梁は仕事が早い。

7月1日(金)

前日に引き続き、大工仕事。玄関だけでなく、裏にベランダを設営。この日は私も丸ノコと呼ばれる電動カッターで木材を切る。大工はけっこう重労働だ。棟梁は短期間だけ京都に戻らねばならないので、若干仕事を残して撤収。

7月2日(土)

かねがね噂を聞いていた「さかなのみうら」の三浦社長に会う。鮭などを福岡に送るため、状況を確認。三浦社長は震災直後から地元の被災者のために物資を配るなど大活躍しており、ボランティアの若者たちから尊敬されている。

復興支援、現地からの報告(1)

皆さんこんにちは!本山たかはるです。

震災復興支援のため宮城県に二度目の訪問をしてまもなく1週間となります。今回は約1ヶ月の滞在を予定していますので、残り3週間ほどとなります。今日は活動休止日で、明日から仙台市内で2日ほど活動するため仙台市へ向かう途中、インターネットカフェに入ってブログ記事を書いています。

できればリアルタイムにツイッターなどで報告したいところですが、なかなか時間がなくて更新できなかったので、今日はまとめて報告しておこうと思います。尚、写真などはfacebookに最新のものをUPしています。

以下、時系列にて。

6月19日(日)
 朝9時ごろ、NGOフリーピースの事務所を出発。今回のメンバーは森田代表理事と私の二名。私には同NGOの宮城県支部所長という肩書きが与えられていた。交通手段はワゴン車1台。選挙カーとして借りたものを、支援としてまた借りる。看板と拡声器は取り外し、天井に荷物を載せられるよう改造してもらった。運転は2時間ずつ交代し、延々と高速道路を走る。高速料金は災害ボランティアの申請をしていたので無料になった。途中3時間弱仮眠を取る。大規模な渋滞に数度巻き込まれるも、大過なく進む。

6月20日(月)
 出発から24時間で仙台市内着。前回もお世話になった宮城復興支援センターに物資を届け、打ち合わせを行う。同センターの代表者である船田氏と合流。当方の車両と支援物資を分譲し、南三陸町へ向かう。途中、宿舎となる宮城復興支援センター登米支部へ。同支部は登米市の所有する保育所(4年前に閉鎖)を借り受けて開設されたばかり。数十分かけて南三陸町へ移動し、複数の避難所に物資を運ぶ。因みに、月曜日は「定期便」と言って、各避難所から要請のあった物資を運搬している。

6月21日(火)
 宿舎である宮城復興支援センター登米支部の改修を行う。風呂が無いため、ドラム缶風呂などを建設。京都から来ている元大工のボランティア2名が大活躍する。いずれも20代の青年。登米支部にはその他にも数名のボランティアば出入りし、深夜まで意見交換を行う。食事はすべて自炊。時間がないときは非常食でしのぐ。

6月22日(水)
 午前中は登米支部周辺の民家に支部開設のあいさつ回りを行う。大きな屋敷の農家が多いが、震災直後の苦労話なども聞く。登米市も電気水道などが止まり、流通も途絶えたという。現在、水道は仮通水の状態で、飲めない。午後は支援物資を仮設住宅へ運び、無料市を行う。ここではフリーマーケットと呼んでいる。

6月23日(木)
 午前中は宿舎の整理整頓などを行い、午後から仮設住宅での無料市。前日の訪問先よりも遥かに規模が大きく、被災者が殺到する。配布物資も大量だったため、二回に分けて実施。二回目は交通整理を行い、一人当たりの量を制限した。しかし子供用品が多かったため、物資が余る。余ったものはいったん登米支部に保管することに。

6月24日(金)
 仮設住宅廻りの予定だったが、タイ王国からの支援物資(ミネラルウォーター)が大量に届くという知らせがあり、急遽宿舎に戻って受け入れ。2パレット分の水を登米支部に手運びで下ろす。この作業に2時間を要した。残りの4パレットを避難所に運ぶため支部を経つも、道に迷い予定時間を大幅に超過する。夕方、泊崎のホテルを下見(復興支援ツアー企画のため)。

6月25日(土)
 午前中、前日運びきれなかったミネラルウォーターを1パレット回収し、避難所へ届ける。すべて載らないので2往復する。午後は仮設住宅3箇所へ無料市。鞄、非常食、夏布団などを配布。夕方は買出し。船田氏が家族を連れて登米支部へ来られたので、夕食をともにする。

6月26日(日)
 森田代表理事を仙台空港へ送る。同空港は津波で損害を受け閉鎖していたが、現在仮復旧している。その後、仙台市へ向かう。

以上、記憶に従って記しましたので前後している部分もあるかも知れません。この間、いろいろ考えさせられることもありましたが、それは改めて書こうかと思います。その他、いま必要な支援物資の募集などについてはNGOフリーピースのウェブサイトで告知されるかと思いますので、ご協力を宜しくお願い申し上げます。



拉致問題で政府転覆しない不思議

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

早くも初夏の薫りがしてきました。今後のことで色々と思い悩むこともありますが、確実に一歩ずつ前進したいと思います。

さて、報告が遅くなりましたが救う会・福岡の会員が中心となって福岡県知事及び福岡県に対し行政訴訟を起こしました。私も原告の一人として末席を汚しておりますので、当事者ということになります。

事の発端は、救う会・福岡の松尾事務局長が、朝鮮学校の補助金二重受取を発見したことにあります。朝鮮学校(福岡朝鮮学園)はまったく同一の名目で、福岡県と福岡市や北九州市に公的補助金を申請し、支給を受けていました。朝鮮学校の詐欺的な根性にも呆れますが、ろくな審査もなく支給する自治体行政にも問題があります。

この二重受取については既に返還がなされたようですが、今回の訴訟は「そもそも朝鮮学校に公金をもって補助するのが妥当か?」を問うものです。当然ながら、私たちは「妥当ではない」という考えです。

詳しい趣旨は是非救う会・福岡の公式ブログを参照いただきたいのですが、論点は憲法問題にも及ぶ極めて重大な問題提起になっています。わが国の政府・自治体は、一方で拉致問題解決を云いながら、実際には犯罪国家・北朝鮮直轄の教育機関に公金を支出する現状を変更しようとしないのです。

▽福岡県知事及び福岡県を訴えました!(救う会・福岡)
http://sukuukai.jugem.jp/?eid=358

▽何故、地元自治体は補助金支出を止めないのか?(松尾事務局長)
http://sukuukai.jugem.jp/?eid=363

私は常々、「政治の最低限の使命は、国民の生命財産を守ること」だと主張してきました。この主張はごく当たり前のことであって、少しもラジカルではありません。もし政府が「国民の命も財産も守れません」と告白したら、その政権は転覆するでしょう。しかし日本はそうならない。実に不思議なことです。

これまで救う会の活動は、集会・講演会・デモ・街頭署名活動が中心でした。しかし既に朝鮮総連の施設に対する固定資産税減免問題などに見られるように、法的手段による勝利の実績も出始めています。政治家が動かない以上、直接の訴訟という手段によって、国内の北朝鮮シンパを叩く他ありません。

今回の朝鮮学校補助金支給取り消し訴訟も、数ヶ月、あるいは数年かけての法廷闘争になることでしょう。司法がどのような判決を下すのか、はっきりとした見通しもありません。しかしこの訴訟を通じて、わが国の歪んだ行政の実態が広く国民に知れ渡るのは良いことです。朝鮮学校による在日朝鮮子弟に対する教育は、北朝鮮本国の洗脳教育となんら変わらず、北朝鮮独裁政権を賛美するものです。わが国の公金(国民の税金)が朝鮮学校に支給されることは、わが国が北朝鮮という独裁国家を延命させる以外の何ものでもありません。

これは私の考えですが、拉致問題を解決するためには北朝鮮に救出部隊を送るか、北朝鮮政府を瓦解させるしかありません。拉致問題の解決とは、拉致被害者の全員帰国、及び北朝鮮による国家犯罪の全容解明です。そのためにも、北朝鮮の拉致犯罪を黙認し、助長してきた戦後日本の国家体制こそが質されねばなりません。

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