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復興支援、現地からの報告(1)

皆さんこんにちは!本山たかはるです。

震災復興支援のため宮城県に二度目の訪問をしてまもなく1週間となります。今回は約1ヶ月の滞在を予定していますので、残り3週間ほどとなります。今日は活動休止日で、明日から仙台市内で2日ほど活動するため仙台市へ向かう途中、インターネットカフェに入ってブログ記事を書いています。

できればリアルタイムにツイッターなどで報告したいところですが、なかなか時間がなくて更新できなかったので、今日はまとめて報告しておこうと思います。尚、写真などはfacebookに最新のものをUPしています。

以下、時系列にて。

6月19日(日)
 朝9時ごろ、NGOフリーピースの事務所を出発。今回のメンバーは森田代表理事と私の二名。私には同NGOの宮城県支部所長という肩書きが与えられていた。交通手段はワゴン車1台。選挙カーとして借りたものを、支援としてまた借りる。看板と拡声器は取り外し、天井に荷物を載せられるよう改造してもらった。運転は2時間ずつ交代し、延々と高速道路を走る。高速料金は災害ボランティアの申請をしていたので無料になった。途中3時間弱仮眠を取る。大規模な渋滞に数度巻き込まれるも、大過なく進む。

6月20日(月)
 出発から24時間で仙台市内着。前回もお世話になった宮城復興支援センターに物資を届け、打ち合わせを行う。同センターの代表者である船田氏と合流。当方の車両と支援物資を分譲し、南三陸町へ向かう。途中、宿舎となる宮城復興支援センター登米支部へ。同支部は登米市の所有する保育所(4年前に閉鎖)を借り受けて開設されたばかり。数十分かけて南三陸町へ移動し、複数の避難所に物資を運ぶ。因みに、月曜日は「定期便」と言って、各避難所から要請のあった物資を運搬している。

6月21日(火)
 宿舎である宮城復興支援センター登米支部の改修を行う。風呂が無いため、ドラム缶風呂などを建設。京都から来ている元大工のボランティア2名が大活躍する。いずれも20代の青年。登米支部にはその他にも数名のボランティアば出入りし、深夜まで意見交換を行う。食事はすべて自炊。時間がないときは非常食でしのぐ。

6月22日(水)
 午前中は登米支部周辺の民家に支部開設のあいさつ回りを行う。大きな屋敷の農家が多いが、震災直後の苦労話なども聞く。登米市も電気水道などが止まり、流通も途絶えたという。現在、水道は仮通水の状態で、飲めない。午後は支援物資を仮設住宅へ運び、無料市を行う。ここではフリーマーケットと呼んでいる。

6月23日(木)
 午前中は宿舎の整理整頓などを行い、午後から仮設住宅での無料市。前日の訪問先よりも遥かに規模が大きく、被災者が殺到する。配布物資も大量だったため、二回に分けて実施。二回目は交通整理を行い、一人当たりの量を制限した。しかし子供用品が多かったため、物資が余る。余ったものはいったん登米支部に保管することに。

6月24日(金)
 仮設住宅廻りの予定だったが、タイ王国からの支援物資(ミネラルウォーター)が大量に届くという知らせがあり、急遽宿舎に戻って受け入れ。2パレット分の水を登米支部に手運びで下ろす。この作業に2時間を要した。残りの4パレットを避難所に運ぶため支部を経つも、道に迷い予定時間を大幅に超過する。夕方、泊崎のホテルを下見(復興支援ツアー企画のため)。

6月25日(土)
 午前中、前日運びきれなかったミネラルウォーターを1パレット回収し、避難所へ届ける。すべて載らないので2往復する。午後は仮設住宅3箇所へ無料市。鞄、非常食、夏布団などを配布。夕方は買出し。船田氏が家族を連れて登米支部へ来られたので、夕食をともにする。

6月26日(日)
 森田代表理事を仙台空港へ送る。同空港は津波で損害を受け閉鎖していたが、現在仮復旧している。その後、仙台市へ向かう。

以上、記憶に従って記しましたので前後している部分もあるかも知れません。この間、いろいろ考えさせられることもありましたが、それは改めて書こうかと思います。その他、いま必要な支援物資の募集などについてはNGOフリーピースのウェブサイトで告知されるかと思いますので、ご協力を宜しくお願い申し上げます。



教育とは何か、人はいかに生きるべきか。

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

私が所属している「ヒトの教育の会」が8月に『新成人合宿』というイベントを開催しますのでお知らせします。ヒトの教育の会は、生物学的な視点から教育のあるべき姿を探る団体で、九州大学名誉教授である井口潔先生が会長を務めておられます。

私なりの言葉で、その趣旨をかいつまんで説明しますと、「ほんらいヒトはホモサピエンスという動物として生まれるが、教育によって初めて社会性のある人間に育つ」ので、「生物学的、脳科学的な見地に立って正しい教育を年代に応じて施すことが極めて重要」であり、「正しい教育を行うことで人間は高度な精神を現し、無限の可能性を切り拓くことができる」。そして、「伝統的な教育の中にこそ、生物学に適った優れた教育法を発見できる」というものです。

詳しくは、ヒトの教育の会のウェブサイトなどでご確認いただきたいのですが、私はこの理論に触れたとき非常に感動しました。それまでなんとなく「こうあるべきではないか」と考えていた教育が、ずばり科学的に証明されていたわけです。

▽ヒトの教育の会 公式サイト
http://hito-kyoiku.com/

▽生物学的視点からの教育の見直し
http://hito-kyoiku.com/2011/02/post-97.html

さて、ヒトの教育の会はそのような教育理論を広め、かつ実践するために様々な活動を行っています。会長である井口先生が全国を講演して周るとともに、毎月福岡市内で「福岡感性塾」という勉強会を開催しています。また、成人式の原点に立ち返るべく『新成人式のススメ』というイベントも成人の日に併せて開催しました。

この度開催される『新成人合宿』も同様の趣旨で、若い世代に人としていかに生きるべきかを考えてもらい、次世代の人材育成を目的として実施します。井口潔先生だけでなく、奄美大島で教育活動を行っている三浦一広先生に遥々お越しいただく予定になっています。

この合宿は18歳から29歳が対象で、30名が上限になっています。しかしまだ募集も始まったばかりですので、興味のある方は是非お申込み下さい。私が実行委員長を拝命しておりますので、責任をもって運営することをお約束します。貴重で有意義な体験となることは間違いありません。

▽新成人合宿2011IN直方のご案内
http://hito-kyoiku.com/2011/05/post-100.html

国政の機能停止という運命的必然

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

先日、自民公明などにより提出された菅内閣不信任案は大差で否決されました。当日の朝までは可決の可能性があったものが、菅首相による「大震災に一定のめどがついた段階で」の辞任表明という奇策によって、民主党反主流派のあげた拳の下ろし先消滅という事態を招き、党内の勝ち馬現象によって、提案者が赤っ恥をかく結果になりました。

しかし直前まで民主党反主流派が公然と造反を表明するなど、菅内閣も追い詰められた末での「窮鼠猫を噛む」的反撃だったと言えます。反主流派にしても、菅首相が解散総選挙を選択した場合に自分たちが国民から批判を受けるという懸念があったのでしょう。

そして不信任案が否決された直後から、首相辞任の日程を巡って鞘当てが始まっています。菅内閣は完全に死に体に陥ったと考えて間違いありません。東北復興策で余程の失点回復がない限り、首相交代は時間の問題です。しかし最悪の場合、菅内閣が自らの延命のために意図的に被災地の混乱を延長させ、復興を遅らせることも考えられます。これまでの菅首相の行動パターンからして、充分あり得ることです。

日本政治は、まさに末期的症状を呈し始めました。政権交代に賭けた国民の夢は木っ端微塵に粉砕され、残るは政治への不審と恨み言ばかりです。このままでは、わが国は衰退の一途を辿ることでしょう。日本の滅亡は、もはや妄想でも誇張でもありません。私たち国民は真剣に危機感を抱かねばならないと思います。

自民党時代から現在の民主党政権に至るまで、共通していることはなんでしょうか。政治は単なる利権の分配、そして奪い合いの闘争の場と化しました。政党政治家は選挙の度に国民に空手形を渡し、浮いた言葉で国民を欺き、足の引っ張り合いに明け暮れ、権力欲にまみれ、虚栄を張り、その影で国の借金は積み重なり、社会保障制度は破綻寸前、子弟の教育は顧みられず、国民の資産は有効活用されず、経済も規制でがんじがらめにされ硬直化し、不公正で不公平な社会が確立され、国民相互の信頼も失われ、多くの人が不安に陥り、将来への展望を描けず守りに走っています。

東日本大震災は、死者15,310人、行方不明者8,404人、重傷者5,364人を数える、戦後最大の危機です。そして戦後最大の不幸です。しかし一方で、この危機、この不幸を奇貨として、衰退に向かっていた日本社会を立て直すという戦略も描けた筈なのです。それは単に復興需要による経済成長を最大化するのみならず、バラバラになった日本社会をもう一度統合し、国民を団結させ、政治を刷新するチャンスにできた筈なのです。

しかしその答えは、国政の機能停止という最悪のものでした。なぜこれほどまでに菅内閣の求心力が落ちているのか、民主党はあまりにも自覚が無さ過ぎます。小沢グループにしても、菅内閣の不振を自分たちの復権に利用しようとしただけであって、とても国民の支持を得られるものではありません。それは自民党も同じです。みんな口では被災地のため、被災者のためと言いますが、誰も本気でないことは見え透いています。

政治家が国のために、国民のために命を賭けないという実態は、戦後日本において一貫しています。もちろん稀に、国家国民のために命がけで働いた政治家や官僚もいたかも知れない。しかしそういう人たちは例外なく排除され、没落していったのではないでしょうか。

この原因は何でしょうか。いつから日本はこうなってしまったのでしょうか。

それは、日本が独立していないことに唯一最大の原因があるのだということを、私は申し上げて来ました。その思いは政府の震災対応を注視するにつけて、強まるばかりです。日本は独立国ではないのに、独立国として振舞おうとする、そこに大きな欺瞞があります。戦後政治は実態として利権闘争の場に過ぎないとともに、日本の属国としての実態を国民に隠す、誤魔化すという役割を負って来ました。

だから、国民の生命財産よりも政治闘争の方が大事という、いま私たちの眼前に繰り広げられる茶番が延々と続くのです。これは地方政治も同じです。地震が起こった途端に選挙運動を止めて募金活動に走った現職議員。統一地方選挙の後も募金活動を続けている姿は殆ど見られません。地方議会の場で、具体的な復興支援が話し合われることも殆どありません。

独立をめざすということは、自由と生存のために戦うということです。私がいま復興支援活動を最優先にするのも、まったく同じ動機からです。政治の機能停止によって、日本国民の生存が脅かされているのです。すべては繋がっています。私たちはより深く絶望し、より真剣に怒り、より果断に行動せねばなりません。

いかに非力であろうとも、私は行動を続けます。

被災地への直接支援こそが必要

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

あと10日もすれば東日本大震災の発生から3ヶ月となります。中央では政局も不安定化して来ましたが、被災地ではいまだに統一地方選を執行する目処すら立っていません。菅内閣の震災対応は、いかに未曾有の大災害とは言え、被害を拡大させ後世に禍根を残すものと断ぜざるを得ません。せめて禅譲して欲しいところですが、この危機に際して相応しい宰相の器が、中央政界に見当たらないのは残念なことです。

先般被災地を訪問し、かつ様々な情報を総括して感じるのは、被災者に対して充分な支援が届いていないということです。報道でも明らかな通り、自治体や日本赤十字社を通じて集められた義捐金はまだ2割程度しか分配されていません。4月の8日には配分割合決定委員会の第一回会合が開かれた筈ですが、配分の方法について未だに揉めています。

▽義援金配分割合決定委員会の設置について
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000018en2.html

▽義援金、早急に一律配分を=「遅れ、腹立たしい」−厚労相
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011053000678

瓦礫の除去一つとっても、ボランティアの力に頼るには限界があります。その一方で、ボランティアの受付や派遣について、全国の自治体が機能しているとも言えません。福岡市は官民共同のボランティア派遣を始めましたが、ボランティア活動を希望する人数に比べて遥かに少ない人員しか送っていません。

被災自治体によっても差があるようですが、現地では行政よりも民間ボランティアが被災者の暮らしをかろうじて支えています。被災地域があまりにも広大であるゆえに、各ボランティア団体も地域を限定して活動せざるを得ず、被災地全体を俯瞰しづらい現状もあります。

おそらく夏までには仮設住宅の供給が追いつくものと思われますが、仮設に入るにしても生活に必要な物資が不足しています。義捐金の配分すら遅々としている中では、被災者は最低限の生活すらままならないことになるでしょう。一方で、報道では復興が進んでいるという印象を受けます。とくにテレビなどでは明るい話題をとくに選んで流す傾向があります。

しかし復興とは何でしょうか?真の復興とは、被災者が他者の支援を必要としなくなる状態です。そういう意味では、復興は遠く、容易ではありません。いま必要な支援は、被災者が自立し、自活するための支援です。もともと家計を支えていた人々が、以前の収入を回復できるよう、産業を立て直すことです。

東北経済の復興は日本全体の問題です。遠い九州のわれわれにも無関係ではありません。地震発生から時間が経ったいま、私たちがすべきことは「祈り」ではありません。「行動」こそが必要です。

私は、政府に依存しない民間による被災地直接支援のため、6月18日に福岡を発って1ヶ月ほど宮城県に滞在します。前回同様、NGOフリーピースとしての出向となります。現地では宮城復興支援センターなどの業務を手伝うとともに、夏休みの大学生ボランティア受け入れ体制の調整を行います。

政府はもうあてになりません。民間で、できることをやりましょう。

NGOフリーピースでは災害ボランティアを募集しています。また、現地で不足している救援物資の提供も呼びかけています。是非ご協力をお願いします。

▼国際協力NGOフリーピース
http://free-peace.org/



拉致問題で政府転覆しない不思議

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

早くも初夏の薫りがしてきました。今後のことで色々と思い悩むこともありますが、確実に一歩ずつ前進したいと思います。

さて、報告が遅くなりましたが救う会・福岡の会員が中心となって福岡県知事及び福岡県に対し行政訴訟を起こしました。私も原告の一人として末席を汚しておりますので、当事者ということになります。

事の発端は、救う会・福岡の松尾事務局長が、朝鮮学校の補助金二重受取を発見したことにあります。朝鮮学校(福岡朝鮮学園)はまったく同一の名目で、福岡県と福岡市や北九州市に公的補助金を申請し、支給を受けていました。朝鮮学校の詐欺的な根性にも呆れますが、ろくな審査もなく支給する自治体行政にも問題があります。

この二重受取については既に返還がなされたようですが、今回の訴訟は「そもそも朝鮮学校に公金をもって補助するのが妥当か?」を問うものです。当然ながら、私たちは「妥当ではない」という考えです。

詳しい趣旨は是非救う会・福岡の公式ブログを参照いただきたいのですが、論点は憲法問題にも及ぶ極めて重大な問題提起になっています。わが国の政府・自治体は、一方で拉致問題解決を云いながら、実際には犯罪国家・北朝鮮直轄の教育機関に公金を支出する現状を変更しようとしないのです。

▽福岡県知事及び福岡県を訴えました!(救う会・福岡)
http://sukuukai.jugem.jp/?eid=358

▽何故、地元自治体は補助金支出を止めないのか?(松尾事務局長)
http://sukuukai.jugem.jp/?eid=363

私は常々、「政治の最低限の使命は、国民の生命財産を守ること」だと主張してきました。この主張はごく当たり前のことであって、少しもラジカルではありません。もし政府が「国民の命も財産も守れません」と告白したら、その政権は転覆するでしょう。しかし日本はそうならない。実に不思議なことです。

これまで救う会の活動は、集会・講演会・デモ・街頭署名活動が中心でした。しかし既に朝鮮総連の施設に対する固定資産税減免問題などに見られるように、法的手段による勝利の実績も出始めています。政治家が動かない以上、直接の訴訟という手段によって、国内の北朝鮮シンパを叩く他ありません。

今回の朝鮮学校補助金支給取り消し訴訟も、数ヶ月、あるいは数年かけての法廷闘争になることでしょう。司法がどのような判決を下すのか、はっきりとした見通しもありません。しかしこの訴訟を通じて、わが国の歪んだ行政の実態が広く国民に知れ渡るのは良いことです。朝鮮学校による在日朝鮮子弟に対する教育は、北朝鮮本国の洗脳教育となんら変わらず、北朝鮮独裁政権を賛美するものです。わが国の公金(国民の税金)が朝鮮学校に支給されることは、わが国が北朝鮮という独裁国家を延命させる以外の何ものでもありません。

これは私の考えですが、拉致問題を解決するためには北朝鮮に救出部隊を送るか、北朝鮮政府を瓦解させるしかありません。拉致問題の解決とは、拉致被害者の全員帰国、及び北朝鮮による国家犯罪の全容解明です。そのためにも、北朝鮮の拉致犯罪を黙認し、助長してきた戦後日本の国家体制こそが質されねばなりません。

JUGEMテーマ:北朝鮮


ドキュメント南三陸 NGOフリーピース

ドキュメンタリー映像の編集が完了しましたので公開します。少し長いですが、是非最後までご覧下さい。

http://youtu.be/UYdNgAsGImU


▽関連記事

宮城県南三陸町訪問記(1)
宮城県南三陸町訪問記(2)
宮城県南三陸町訪問記(3)



宮城県南三陸町訪問記(3)

宮城県南三陸町訪問記(1)宮城県南三陸町訪問記(2)からの続きです。

同行したフリーピースのメンバーが撮影した映像をご紹介します。

▽南三陸の状況
http://youtu.be/03EpEe-E4GU


http://youtu.be/-PyylXgwDus


映像や写真だけでは、現地の様子はわからないと思います。現地に取材に行った報道関係者も同じことを言っておられました。

今回は残念ながら時間の制約上、現地に滞在できたのは丸一日だけでした。夜には仙台市内に戻り、一泊して仙台を発ちました。

5月17日の朝出発し、夕方東京で街頭募金活動の予定でしたが大雨のため回避し名古屋へ。栄という街で募金活動を行いました。

▽名古屋の栄で募金活動
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スパイダーマンの正体は私ではありません。

名古屋は初めて行きました。短い時間でしたが何人もの方が募金してくださいました。そのまま夜通し走って朝の7時頃に広島入り。今度はJR広島駅前で街頭募金活動を行いました。私がマイクを握らせていただきました。

▽広島での募金活動
http://youtu.be/sNF8vZJgZSM


夕方には福岡へ帰り着き、夜はまた零時まで中洲で報告がてら募金活動を行いました。

▽募金活動 5/18 凱旋
http://youtu.be/cthDuYaII-Y


フリーピースが夜の繁華街である中洲で募金活動を行うのは、昼間の街中(天神など)で募金活動を行ってもあまり集まらなくなってきたためです。熱が冷め始めているわけです。一方で、自治体や日本赤十字社を通じて集められた義捐金はいまだに被災者に分配されていません。この非はすべて政府にあります。

今後、被災地の復興支援に行政の力だけを当てにすることはできません。復興のためには、民間の力が必要です。今回の旅でそのことを確信しました。私も民間ボランティアに参加して、できる限りの活動を継続していきたいと考えています。

必要なのは、マンパワー・物資・資金です。そして救援元(被災地以外の地域)と現地スタッフの緊密な連携、情報共有です。

被災者の皆さんは決して希望を失ってはいません。しかしまだまだ救援は必要です。熱が冷め始めた今こそ、本格的な支援が必要となります。

できることをやりましょう。一緒に頑張りましょう。今回の旅にご協力いただいた全ての皆様に、心より感謝申し上げます。

また行きます。必ず行きます。



宮城県南三陸町訪問記(2)

宮城県南三陸町訪問記(1)からの続きです。

仙台市内から90分ほどかけて、南三陸町に入りました。宮城復興支援センターの指示に従って、避難所に直接救援物資を届けるためです。

高速道路を降り、山道をしばらく走ると、突然この光景が広がりました。私たちは思わず車を停め、「街の跡」に降り立ちました。

▽破壊された民家
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▽畳やマットが散乱
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▽河川に瓦礫が山積み
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▽街の真ん中に船
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▽船体に「撤去お願いします」
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▽傾いた民家
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▽この海が襲ってきた
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どれだけ車を走らせても延々と同じ光景が広がっていました。

私たちは、一様に言葉を失いました。

このあと避難所にもなっている学校へ行き、案内人と合流して小さな避難所を4箇所ほど回って、自転車や食料を届けました。しかし、被災者の皆さんにかける言葉もありませんでした。みんな、「がんばってください」と搾り出すのがやっとでした。

そんな私たちを、被災地の皆さんは暖かい言葉でねぎらってくださいました。嫌がるそぶりもなく、記念写真も一緒に撮って下さいました。私たちが来たことを本当に喜んでくださっているように思えました。

街が廃墟と化して、家族や友人知人を亡くして、あるいは大怪我を負って、たいへんなショックを受けている筈なのに、その廃墟を見て呆然となった私たちに気を遣って下さっているのがよくわかりました。

何も訊けませんでした。

ただ、現地の皆さんが話されることに耳を傾けることしかできませんでした。(つづく)



宮城県南三陸町訪問記(1)

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

5月の15日から18日にかけて、NGOフリーピースの皆さんとともに宮城県に行ってきました。目的は、支援物資を届けることと、今後の支援活動について打ち合わせることです。

実は私は福岡市が公募した復興支援ボランティアに応募していたのですが、選考に漏れたのでどうやって行こうか悩んでいました。ボランティアに行きたいものの、素人が一人で行っても迷惑かもしれない、と。たまたま選挙前に公開討論会に参加したご縁で入会していた「国際協力NGOフリーピース」の皆さんが被災地に行かれるということで、無理にお願いして同行させていただいた次第です。

▽福岡市内にて支援物資の積み込み
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人数は7名、ワゴン車と2トントラックに分乗し、お昼ごろ福岡を出発しました。参加者は全員男性で、若くして福岡で企業を経営されている方が殆どでした。被災地は治安が悪いという情報もあり(支援物資輸送車輌が襲われるなど)、女性の参加は見送られました。

▽NGOフリーピース、東日本大震災の被災地支援へ〜企業経営者4名が参加
http://www.data-max.co.jp/2011/05/ngo_3.html

交互に運転しつつ、およそ20時間程で宮城県に到着。予想以上に長い道のりでした。運転しない間は寝るようにしたのですが、そうそう寝れるものでもありません。ほぼ徹夜の状態です。到着後、地元のNPO団体と打ち合わせを行い、仙台市内の「宮城復興支援センター」に食料などの支援物資を届けました。

▽地元NPOとともに宮城復興支援センターへ
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▽宮城復興支援センターで説明を受ける
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地元で活動している方々に聞いて理解したことは次の通りです。

(1)支援物資に需要と供給のミスマッチがある。時期でも変化する。
(2)第二の災害は再現されており、いまも解決していない。
(3)現地では物資もマンパワーも不足している。
(4)治安の悪化が甚だしく、無政府状態。
(5)現地とその他の地域で情報共有が不充分。


私がもっとも驚いたのは治安の問題です。比較的被害の少ない仙台市内ですら、裏路地の夜道などは強盗や強姦魔が日常的に出没するそうで、より激甚な被災地では数十人規模の強盗団が横行して、警察官すら殺されているといいます。しかし不可解なことに、一時期集められた全国の警察がすでに撤退しており、警察力が圧倒的に不足しているということです。

しかも、そのような治安の悪化について政府から緘口令が敷かれたのか、まったく報道されていません。治安が悪化していることがわかると、支援者が来なくなる、というのがその理由と言いますが、解せません。自衛隊も出動してはいますが、災害出動であって治安出動ではないので、治安維持活動はできないものと思われます。

若い女性が護身用にと、短いナイフを持ち歩かねばならない現状。今回の災害の異常さはやはり、政府の行動にあるようです。救援物資の配給も、行政の力では行き届いていないようです。この時点で、東日本大震災の深刻さを目の当たりにしました。

救われたのは、地元ボランティアの皆さんが生き生きと働いておられたことです。仕分け作業などで忙しい中、私たちをもてなし、センターの役割について説明までしてくださいました。早速今後の支援について協議し、必要な救援物資について随時連絡を取り合うことを決めました。

ほんとうは救援物資は充分に行き届いていなければならない時期ですが、いまだに現地で調達できない状態のようです。このような状態があまりにも長く続くと、民間ボランティアも疲弊することでしょう。継続的な支援を約束して、早速「南三陸町」に向かいました。(つづく)



原子力発電所と危機管理

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

東日本大震災の発生からまもなく二ヶ月が経ちます。機会をいただいて、復興支援のための街頭募金活動にも参加しましたが、やはり関心が低くなっているように思えます。世間の関心が低くなるこれからが、復興支援の正念場です。

さて、今日は原子力発電について考えてみたいと思います。

今次の大震災によって老朽化した原子力発電所で事故が発生しました。おそるべき放射能汚染が生じたという触れ込みで、「FUKUSHIMA」は全世界的に有名になりました。この事故の結果として原発周辺から住民が避難させられ、農作物が出荷制限されました。

また、事故の余波は全国の原子力発電所に拡がり、多くの電力会社がメンテナンス中の原発再稼動を躊躇する事態となりました。また、菅首相は中部電力に対して浜岡原子力発電所の停止を「要請」しました。これは中部電力としては「命令に近い重みがある」(幹部)と受け取っています。

▽中部電、火力発電再稼働を準備 浜岡原発全炉停止に備え
http://www.asahi.com/business/update/0508/NGY201105080028.html

私は、この「浜岡原発停止要請」を含め、福島原子力災害にあたっての菅内閣の対応を観察した結果、菅内閣の対応は一から十まで間違っている、という結論に達しました。また、菅内閣の失策は日本政治の抱える問題を象徴するものであり、この国家的危機に際して失策を重ねることは、日本の将来に取り返しの付かない禍根を残すと考えています。

菅首相の言動についての細かい検証は避けますが、失政の要点を一言で述べるならば、「不用意に危機を拡大した」ということになります。それも本心から国家国民のことを思ってのことではなく、保身のために正常な判断能力を喪っているように見えます。

福島原子力発電所の津波被害に始まり、浜岡原子力発電所の政治圧力に至る一連の原子力災害は、わが国の≪行政≫と≪政治≫に深い問題があることを炙り出しました。それは、≪危機管理≫が決定的に欠如している、ということです。

先ず、長期的エネルギー政策において原発への依存度を高めて来たことは間違いでした。これは民主党政権にだけ責任があるわけではありません。過去の自民党政権や、官庁や、電力会社にも責任があります。原発に限らず、エネルギー源をもっと冗長化しておくべきでした。

日本の発電所は単純にいうと水力→火力→原子力という流れを辿っています。原油の輸入が不安定化することも、原発依存に拍車をかけることになりました。その時点で原発のリスクが不明確であったとしても、一種類の発電方法に依存しすぎることの危険性を認識し、原発を進めることと同時に、新エネルギーを開発すべきでした。政府としては開発していた、と言いたいところでしょうが、どこまで本気だったのか甚だ疑問です。原発施設の地震津波対策に不備があった(非常用電源を冗長化していなかった・津波の遡上高想定が福島だけ低かった)ことからも、原子力行政、ひいては日本のエネルギー行政に危機意識が欠落していたことは否定できません。

▽電力会社は福島の事故を機に発想の大転換を図れ
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110509/219830/?P=1

次に、震災発生後の民主党政権の対応には、総理大臣をはじめとして≪政治家の資質を欠く≫ものと断ぜざるを得ません。この国家的危機に際して、狼狽し、かつ保身に走り、国民の不安を煽り、世界の不審を招いた罪は万死に値します。

私は何度も書きましたが、政治家の使命は≪危機に備えること≫です。なぜなら、政治家は国民の代表者として国民の生命と財産を守らなければならないからです。この場合、行政府と政治家は違います。行政府は法律に従って動きますから、理屈の上では国民を守らないこともあり得ます。だからこそ、≪政府から国民を守ること≫にさえ備えて、国民の代表者たる政治家が議会に送られるのです。

永らく危機管理を放棄した戦後日本において、政権を担い始めたばかりの民主党政権にその責任すべてを押し付けることはできないかもしれませんが、すくなくとも地震発生以後の対応はことごとく間違っています。総理はまず冷静になるべきでした。3月12日に福島原発に行くできべはなかったし、むしろもっと早く被災者のところへ行って慰問すべきでした。国民に平静を呼びかけ、対策を示すべきでした。放射能汚染について、早く正確な情報を発信すべきでした。浜岡原発停止要請も、法律に則って行うべきだったし、同時に新しいエネルギー政策を示すべきでした。

民主党も所詮は、自民党の亜種政党に過ぎません。自民党にできなかった危機管理が、民主党にできないのは当然かも知れません。国際情勢が変わらない限り、わが国政府が自分の頭で考えることをできないのは仕方がないのかも知れません。こういう非常時に、属国たる日本の本性も曝け出されます。

日本人一人ひとりが独立しない限り、このような悲喜劇は繰り返され、日本は衰亡します。危機を恐れず、危機に備えましょう。




脱『日本国憲法』へのロードマップ

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

今日はいわゆる日本国憲法が制定されて64年目の『憲法記念日』です。福岡では日本会議主催の憲法講演会が開催され、高田純教授が記念講演を行われました。入場者は350名を超え、会場に入りきれないくらいの大盛況でした。

さて、憲法について現在の私の考えをここに書いておこうと思います。「また国政について書くなんて出すぎたまねを!」と思われる方もあるかも知れませんが、私の政治に対する基本的なスタンスを知っていただくためにも、考えを明らかにしておきたいと思います。

人は、一人では生きていけません。従って共同体をつくります。人がつくる共同体のうち最強の共同体が国家です。国家にはいくつかの形態がありますが、私は人類史上最強の国家形態は今のところ「国民国家」だと考えています。国家の構成員である国民の自由を追求することと国家を維持すること、この二つの目的を合致させたのが国民国家と言えます。

当然ながら、国民の自由を追求するためには、その国家が独立していなくてはなりません。国家が独立している状態とは、他国に頼らず、また他国の影響を受けることなく、国家を維持させるための政策を決定できるという状態です。

『日本国憲法』は、そのような国家の独立、維持、生存の努力を放棄する宣言文になっています。その条文において国民主権、生存権などの人権を謳っていますが、その手段が諸外国への期待、すなわち「依存」になっているのです。

ところで「憲法」とは何でしょうか。ウィキペディアには次の一節があります。

国家の統治や国家を拠所とする組織の基本原理・原則を定める根本規範としての「憲法」は、国家が国家である限り、明文化されているかどうかはともかく、何らかの形で存在するものである

つまりその国家のあり方を示す概念が「憲法」と言えます。もともとは、

ドイツ語の「Verfassung」または「Konstitution」、英語やフランス語の「Constitution」に対する訳語

であり、

当初は、「国法」、「国制」、「国体」、「朝綱」など、さまざまな訳語が使用されていた

わけです。

わが国では一般的に「憲法」というと「憲法典」(明文化された憲法)を連想する人が多いのですが、法律の世界では明文化されていない規範や、憲法と名の付かない法典も憲法とみなすことがあります。

さて、長々と憲法についての説明を書きました。けっきょく何を言いたいのかと申しますと、『日本国憲法ははたして憲法なのか?』ということです。そのことを考えるときに前提となるのが、「わが日本の国のあり方とは何か?」ということです。

国のあり方を論じ始めるとまた長くなりますので今日は割愛しますが、私は『日本国憲法』はわが国の「不文憲法」に違反している、という立場です。つまり、『日本国憲法』はわが国の憲法ではない、と考えています。

「それでは何をもって日本の民主主義は成り立っているのだ、立法・司法・行政機構は何なのだ」と問われるかも知れません。そのれらの政府機構の立脚基盤は、国民国家たる日本の不文憲法にあります。それらの政府機構は「国家の構成員である国民の自由を追求することと国家を維持すること」のためにのみ存在を許されるのです。

国民の自由と国家の生存を阻害する『日本国憲法』の体制から脱却せねばなりません。この脱却は、同憲法典に定められた憲法改定手続きによって可能になるのではありません。

私の考える「脱≪日本国憲法≫ロードマップ」は、国民の自由と国家の生存を阻害する統治機構を底辺から各個撃破し、再構築していくことを通じて、日本国憲法体制を無効化する、というものです。すなわち、「国民の自由と国家(共同体)の生存」を大義名分として、それに違反する法律・条令・政策・予算などの違法性と無効を確認する闘争を、「真の住民自治」獲得の過程において展開するのです。

この構想は、自民党などが掲げる憲法改正プログラムより実現可能性が高く、遥かに実効性があると考えています。

1952.4.28

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

今日はサンフランシスコ平和条約締結から59年。ある勉強会で提出した資料を以下に転載します。




Treaty of Peace with Japan

日本国との平和条約(にほんこくとのへいわじょうやく、英:Treaty of Peace with Japan、昭和27年条約第5号)は、第二次世界大戦におけるアメリカ合衆国をはじめとする連合国諸国と日本国との間の戦争状態を終結させるため、両者の間で締結された平和条約。
本条約はアメリカ合衆国のサンフランシスコ市において署名されたことから、サンフランシスコ条約・サンフランシスコ平和条約・サンフランシスコ講和条約・対日平和条約・対日講和条約などともいう。昭和27年(1952年)発効。この条約によって正式に、連合国は日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認した。

「主権回復記念日」

4月28日は主権回復記念日です。
「風さゆる み冬は過ぎて 待ちに待ちし 八重桜咲く 春となりけり」
昭和天皇
昭和27年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効し、我が国は約7年に及ぶ占領から解放され、主権(独立)を回復しました。
独立回復のときの昭和天皇の御歌がいくつかある。そのうちの一つは上記の歌である。昭和天皇は占領下の七年間を「風冷える冬」、風の冷たい冬だ と認識しておられたわけである。早く桜が咲かないかな、咲かないかな 、なかなか咲かない、ようやく八重桜が咲く春となった。こういう歌である 。それを当時の日本人は忘れていたし、政治家も忘れていた。
もうひとつに
「国の春と今こそはなれ霜こほる 冬にたへこし民のちからに」
があります。
独立記念日は世界の国にあります。日本にはありません。
日本の独立を回復した4月28日を主権回復記念日として祝い広めていきましょう。
(渡部昇一.com)

【主権】しゅけん sovereignty
主権は、主として憲法・国際法で用いられる、国家の最高独立性を表す概念である。「主権」概念の内容については、一般的には、最高権、統治権、最高機関の地位のおおよそ三つの基本的意義があると理解されている。

【最高権(対外主権)】
「国家が外に対して独立している」ということが、「主権」の内容として語られる。国家は互いに平等であり、その上に存在する権威はないため、「最高独立性」といわれることもある。近代国家である以上、対外的に独立していなければならず、逆に、対外的に独立していない場合は、それは国家ではない(国際法上の国家の要件が欠缺している)ということになる。

【国際法における「主権」】
近代国際法においては、国家間の「主権平等の原則」が認められており、国際連合もまた、この原則によって立つものとしている(国際連合憲章2条)。

【国家の独立】
国家の独立とは、既存の主権国家に属する領域(領土)の一部や従属領域(植民地、保護国、従属国などを含む)が、元の国家領域や宗主国などから分離独立することを指す。また、無主地やどの主権国家にも属していない領域が新たに国家を建設する場合も、独立と呼ぶことができる。

【日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約】(旧)日米安保条約
(Security Treaty Between the United States and Japan)
日本における安全保障のため、アメリカ合衆国が関与し、アメリカ軍を日本国内に駐留させることなどを定めた二国間条約である。いわゆる旧日米安保条約と呼ばれるものであり、1951年9月8日に日本国との平和条約と同時に署名された。1952年4月28日発効。

日本の降伏以降は連合国軍(事実上アメリカ軍)に占領され、日本軍は解体された。冷戦による陣営対立が深まり、1950年6月25日には朝鮮戦争が勃発している。日本駐留のアメリカ軍は朝鮮半島に移動し、警察予備隊が創設されるなど、日本の防衛・安全保障環境は不安定であった。
朝鮮戦争が継続されるなか、日本は共産主義陣営を除いた諸国と講和する運びとなってきた。防衛・安全保障環境を憂えた日米両国は、日本の主権回復後もアメリカ軍が駐留することで、極東における安全保障環境を維持することとした。これにより、日本国との平和条約と同時に日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約が署名された。
条約は前文と5条からなり、アメリカ軍が引き続き日本国内に駐留し続けることが骨子となっている。条約の期限は無く、駐留以外に援助可能性には触れているが、防衛義務は明言されていない。また、内乱対応への言及もあった。このため、防衛義務の明言や内乱条項の削除などを行なった日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(新日米安保条約)が締結、1960年に発効した。旧日米安保条約第四条および新日米安保条約第九条の定めにより、旧日米安保条約は1960年6月23日に失効した。

敗戦後年表
昭和20年(1945年)
8月14日 日本がポツダム宣言受諾の旨を中立国を通じて通告し、勅語を発布する。
9月2日 日本政府が戦艦ミズーリで降伏文書調印。
昭和21年(1946年)
1月1日 天皇神格否定の勅諭。(「人間宣言」)
2月2日 ソ連が全樺太と全千島列島の領有を宣言。
2月3日 マッカーサー、民政局長コートニー・ホイットニーに自作の憲法案のメモを渡し、憲法モデルを作成するよう命じる。
4月29日 天皇誕生日にA級戦犯29名を起訴。
11月3日 日本国憲法公布。
昭和22年(1947年)
5月3日 日本国憲法施行。
10月 パリ講和条約によって欧州の旧枢軸国と連合国の間で講和成立。(ドイツ講和条約は1990年締結)
昭和23年(1948年)
1月6日 米陸軍長官ロイヤル、演説中「日本を反共の壁にする」と発言(反共・封じ込め政策開始)。
昭和24年(1949年)
10月1日 国共内戦に勝利した毛沢東が北京を首都とする中華人民共和国成立を宣言。後に蒋介石の中国国民党が、広州から台湾へ逃亡。
昭和25年(1950年)
2月14日 ソ連が中華人民共和国と同盟条約を締結し、条文で日本を仮想敵国と名指しする。
6月25日 朝鮮戦争勃発(1953年まで)。在日占領軍が韓国を支援するため出動し、日本が前線基地となる。
8月10日 警察予備隊令を公布。総理府の機関として、警察予備隊が置かれる。
11月24日 米国政府、「対日講和7原則」を発表。日本への請求権放棄と、日本防衛を日米共同で行う旨を明記。
昭和26年(1951年)
9月8日 サンフランシスコで日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)を調印。続いて日米安全保障条約に調印。
昭和27年(1952年)
4月28日 サンフランシスコ講和条約が発効、日本主権回復。GHQ/SCAPの進駐が終わる。占領軍のうちアメリカ軍は、講和成立と共に締結された「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」(日米安全保障条約)に基づいて駐留継続(在日米軍へ衣替え)。
※1953年に奄美群島、1968年に小笠原諸島、1972年に琉球諸島が日本に返還された。また、ソ連に不当占領された北方領土は放棄していないと主張している。

日本国との平和条約(昭和27年条約第5号) 抜粋

前文
 連合国及び日本国は、両者の関係が、今後、共通の福祉を増進し且つ国際の平和及び安全を維持するために主権を有する対等のものとして友好的な連携の下に協力する国家の間の関係でなければならないことを決意し、よつて、両者の間の戦争状態の存在の結果として今なお未決である問題を解決する平和条約を締結することを希望するので、
 日本国としては、国際連合への加盟を申請し且つあらゆる場合に国際連合憲章の原則を遵守し、世界人権宣言の目的を実現するために努力し、国際連合憲章第五十五条及び第五十六条に定められ且つ既に降伏後の日本国の法制によつて作られはじめた安定及び福祉の条件を日本国内に創造するために努力し、並びに公私の貿易及び通商において国際的に承認された公正な慣行に従う意思を宣言するので、
 連合国は、前項に掲げた日本国の意思を歓迎するので、
 よつて、連合国及び日本国は、この平和条約を締結することに決定し、これに応じて下名の全権委員を任命した。これらの全権委員は、その全権委任状を示し、それが良好妥当であると認められた後、次の規定を協定した。

第一条(a) 日本国と各連合国との間戦争状態は、第二十三条の定めるところによりこの条約が日本国と当該連合国との間に効力を生ずる日に終了する。
(b) 連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する。

第五条(a) 日本国は、国際連合憲章第二条に掲げる義務、特に次の義務を受諾する。
  (i) その国際紛争を、平和的手段によつて国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決すること。
  (ii) その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使は、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎むこと。
  (iii) 国際連合が憲章に従つてとるいかなる行動についても国際連合にあらゆる援助を与え、且つ、国際連合が防止行動または強制行動をとるいかなる国に対しても援助の供与を慎むこと。
(b) 連合国は、日本国との関係において国際連合憲章第二条の原則を指針とすべきことを確認する。
(c) 連合国としては、日本国が主権国として国際連合憲章第五十一条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有すること及び日本国が集団的安全保障取極を自発的に締結することができることを承認する。

第六条(a) 連合国のすべての占領軍は、この条約の効力発生の後なるべくすみやかに、且つ、いかなる場合にもその後九十日以内に、日本国から撤退しなければならない。但し、この規定は、一または二以上の連合国を一方とし、日本国を他方として双方の間に締結された若しくは締結される二国間若しくは多数国間の協定に基く、又はその結果としての外国軍隊の日本国の領域における駐とん又は駐留を妨げるものではない。

選挙運動におけるインターネット利用問題

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

今回の福岡市議選では選挙中と選挙後に、選挙運動におけるインターネット利用問題という形でマスメディアに取り上げられました。

この反響はたいへんなもので、何人もの方が電話してこられ、「新聞には悪いことしたように書かれているが、君は正しいことをしたのだから頑張れ!」(大学教授)、「警察に止められてなんとなく更新を止めたけど、次回は私も更新する!感動した!」(市議選候補者)、「Yahoo!ニュースに出てびっくりした!これはどんどん宣伝すべき!頑張れ!」(元市議)、「紙面にでっかく載っていて驚いた!お前は金がない選挙を戦ったんだから全然悪くない!堂々とこれからも頑張れ!」(飲食店経営者)など、ありがたい励ましのお言葉を賜りました。

ツイッターでも、以下のような直接の反応がありました。(一部抜粋)

「読売ONLINEの記事を見て貴方を知りました。福岡市民ではありませんが応援してます。がんばってください!」
「はじめまして。貴殿のことは本日知りました。志を遂げられるように頑張って下さい。陰ながら応援しています」
「ニュース見ました。結局はネットが使えないから不利になってしまう中高年議員が嫌がっているだけだと思います。そもそも現行法では規制される根拠に無理があると思いますので、頑張って前例を作っていただきたいです」
「ネットにもヤフートップに載ってましたよ!しかし、おかしな解釈ですよね…」
「福岡の元山たかはる氏・・落選したけど信念・根性がある!!」(原文ママ)

改めて、今回の福岡市議選を振り返ってみたいと思います。私は、選挙期間中のスケジュールを作成する上で、「毎日ブログを更新したい」という思いを随分前から持っていました。出馬を決意して2年間政治活動を続けて来たわけですが、その間各種選挙がある度に、「選挙期間だけネット更新を止めるのはおかしい」とブログなどで意見表明してきました。「現在の公選法が選挙期間中のネット更新を禁止していない」ことについても明確に説明して来ました。

知行合一・言行一致は私の行動指針です。誰がなんと言おうと、選挙期間中にネットで情報発信する。この決意は一度も揺らぎませんでした。もちろん、期間中にブログなどを更新したところで大きく票が増えるという期待はありませんでした。しかし選挙期間中の言動をお伝えすることは、候補者としての義務であると考えたのです。

期間中の一日のスケジュールはおおよそ以下の通りでした。

05:00 起床
05:30 駅立ち
08:00 街頭演説
09:00 朝食
09:30 自転車情宣
12:00 街頭演説
13:00 昼食・休憩
17:00 自転車情宣・メルマガ配信
19:00 街頭演説
20:00 選対会議
21:00 ネット中継・ブログ更新
21:15 夕食
22:00 駅立ち
01:00 帰宅・就寝 

ツイッターは随時更新していました。私の「つぶやき」をスタッフがまとめて、17時のメルマガに「候補者の一日の行動」として配信しました。

ネット中継はUSTREAMを利用し、はじめは私が一人でしゃべるだけでしたが、途中から対談方式に変えました。そのほうが面白いという意見があったからです。USTREAMを利用し始めたのは選挙の直前ですが、思っていた以上に簡単に利用できましたので、選挙運動にも支障をきたすことはありませんでした。また、街頭演説の様子もスタッフが撮影し、毎日Youtubeにアップロードしました。

twitterUSTREAMYoutubeブログメールマガジンなど、考えうるすべてのツールを駆使しました。選挙ポスターにもQRコードを載せ、簡単にメルマガ登録できるようにしました。さすがにここまで徹底した陣営はないと思いますが、当然先行事例を研究した上で法律上問題ないと判断し、実行したものです。

選挙期間中、前半は当局の反応はまったくありませんでした。後半に入って、警察から電話が入ったり、警察官が事務所を訪問して「動画の削除」を要求したようです。私に対しては選挙戦最終日の朝、南警察署の警官を名乗る男性から携帯電話に連絡があり、「午前中のうちにすべての動画を削除してください、これは警告です」と言われました。私はハッキリと断り、電話を切りました。選挙管理委員会からはついに何の連絡もありませんでした。

スタッフからは「このままでは検挙する」と言われた、との報告もありました。しかし選挙が終わったとたん、警察からの連絡はパッタリ止んでいます。現場の警察官の皆さんに対しては、職務遂行されることに敬意を表するものですが、だからといって私も筋を曲げるわけにはいかないと考えていましたので、屈しませんでした。

こういうことを言うと、「ただのヒロイズムではないか?」と言う方もおられるかも知れません。しかし私はその先のことも考えていました。万が一検挙されても、裁判でハッキリさせればいい。もしインターネットが公選法の文書図画にあたるという判例が(総務省の見解どおりに)示されるのであれば、候補者のすべてのウェブサイトを選挙期間中閲覧できないように閉鎖せねば話が通らない。そうなれば公選法を改正せざるを得なくなる、というわけです。

そして「公選法の目的からしても、インターネットは規制すべき文書図画にあたらない」という判例が出る可能性が極めて高い、と考えています。これはわが国の民主主義にとって大きな前進となります。

インターネットはお金がかからず、誰でも情報発信が可能なツールです。有権者が候補者の情報を得て投票先を選ぶにあたっても非常に便利です。選挙とインターネットの関係がもっと深くなれば、既存の政治のあり方を変える可能性すら孕んでいます。現状ではそこまでの効果はありませんが、今後若い世代の投票率を上げていくためにも、すべての候補者の情報がインターネットに公開されるべきです。

▽「総務省の見解は間違い」「公平性成り立たぬ」/候補者HPの更新相次ぐ(毎日新聞)
http://fightingparty.jugem.jp/?eid=20

▽市議選候補、政策演説をネットで毎日生中継(読売新聞)
http://fightingparty.jugem.jp/?eid=21

▽本山たかはる:平成23年福岡市議選(再生リスト)
http://www.youtube.com/view_play_list?p=C8BF6CB6C8C8CA53






読売新聞に掲載されました。その2

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

今朝の読売新聞朝刊を入手しましたので、ここにアップしておきます。

福岡市議選候補、政策演説をネットで毎日生中継
(クリックすると画像を拡大できます)


ネットニュースの記事よりも少し長いです。

各方面から激励のお言葉をいただきました。こういう方法論(官僚に楯突く)には賛否あると思いますが、私の政治ポリシーの一環ですのでご理解をお願いしたいと思います。

今日はさっそく日経新聞、NHK、共同通信からお電話をいただき、うち共同通信の方からは直接取材を受けました。あくまで私の考えは「違法性はなく、むしろ全候補者が情報発信する義務がある」というものです。

政治家がみんな「空気」に従って、自分の意見を明確にしない、風見鶏的な態度を取ることで、戦後日本がここまで衰退したのです。今朝のUSTREAMでも述べましたが、法律は国民のためにあります。その法律を役人の都合のいいように恣意的に捻じ曲げることは許されません。このままでは日本は法治国家ではなく人治国家になってしまいます。

もう一度申し上げます。すべての候補者は選挙期間中もインターネットを使って情報発信すべきです。

読売新聞に掲載されました。

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

今朝の読売新聞に私のことが紹介されていますので、引用します。

市議選候補、政策演説をネットで毎日生中継

 10日に投開票された福岡市議選で南区から立候補、落選した無所属新人の本山貴春・元候補(29)が、選挙期間中、インターネット上の無料動画配信サイト「ユーストリーム」を利用し、政策についての演説や支援の呼びかけなどを毎日生中継していたことがわかった。

 候補者が選挙期間中にブログやホームページなどを更新して問題となるケースはあるが、ネットを使った生中継は極めて異例。

 総務省によると、公職選挙法では、選挙期間中は法定はがきなどを除き、候補者や政党に関する「文書図画」の頒布が禁じられている。ネット上の文書や画像、動画も「文書図画」に該当するとされ、選挙期間中の更新は公選法に抵触する恐れがある。

 本山元候補によると、生中継は告示日の1日から投開票日前日の9日まで毎日午後9時から10〜15分程度実施。名前入りのたすき姿で東日本大震災の復興支援策について持論を展開したり、「ご支持、ご支援を賜りますようお願い申し上げます」と投票を呼びかけたりした。それぞれ数十件のアクセスがあったという。

 さらに、生中継した動画は自分のブログから閲覧できるようにしており、動画以外にもブログや簡易投稿サイト「ツイッター」を使った活動もしていた。

 この間、福岡県警から4、5回にわたって映像やブログの記述を削除するよう口頭で警告を受けたが、従わなかったという。

 本山元候補は元放送通信会社員。南区には定数11に対し15人が立候補し、本山元候補は1901票で最下位だった。読売新聞の取材に対し、「ネット選挙については公選法に規定がないと認識している。金もかからず、利用しても公選法の精神には反しない。選挙を変えて政治を変えたかった」と話した。

(2011年4月22日05時55分 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/election/local/2011/news1/national/20110422-OYT1T00153.htm

この記事に関して、動画で見解を述べました。

▽本山たかはる:改めて、インターネットと選挙について
http://www.ustream.tv/recorded/14186384



あくまで、私は違法性はないと考えています。

いかに伝え、いかに動かすのか。

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

今日もお世話になった方々のところを廻り、落選の報告とお詫びをしつつ、さまざまなご意見を頂戴しました。一件あたり時間がかかるので、まだ廻りきれていない支援者の方も多数おられますが、ご容赦願えれば幸いです。

さて改めて、私が政治を志す理由や、いかにして政治を変えていくのか、その意志を伝え共感していただくことの難しさを痛感しています。私の志が現在の地方政治の実態と乖離しているのは事実です。ですからその中で、地元有権者の皆さんのニーズを掴んでいくことは容易ではありません。

よく言われるのが、私が訴える内容が地方政治というより国政向きなのではないかということです。確かに私は最終的に国政を変革せねばならないと思っています。しかし国政を変えるためには、まず地方から変えていかねばならず、私が主に訴えているのはそのことなのです。

なぜ地方から変えねばならないのか、地方が変われば何が変わるのか。そのことを訴えてきました。チラシにも書きましたし、街頭演説でも述べましたし、ブログにも書き連ねて来ました。縷々説明してきたことを、一言で述べ、直ちに共感していただくということは至難の業です。

しかしこの壁は乗り越えなくてはなりません。そしてこの壁を乗り越えることは不可能ではありません。私はそう確信しています。ようは私の修行が足りないのです。

今日は春日市長選挙に立候補されている古川みつを候補の決起集会において、元航空幕僚長の田母神俊雄氏が講演され、私も拝聴して来ました。田母神氏の講演は何度も聴きましたし、お話の内容というのは私にとってそう目新しいものではありませんが、改めて話の上手さに感心させられました。説得力もあるし、親近感も沸きます。人を勇気付けるし、元気付けます。一時期ほどの熱狂は去ったものの、根強い田母神人気が残っているのも肯けます。

もちろん、全国を講演して回ることと、地域に根付いて政治活動を行うことには大きな違いがあります。それでも今日の講演を拝聴して考えさせられることは多々ありました。

いまの政治がおかしいことはみんなわかっている」と人は言います。

でもどうしたらいいのかわからない」とも人は言います。

私はその答えを出したいのです。その答えを出すために、またその答えを実行するために、地方議員になりたいと思っています。それは国会議員に仮になれたとしても、できないことなのです。

また今日も抽象的な内容の記事になりました。しかし試行錯誤しているところですのでお許し下さい。追々、今後の戦略を立てて具体的な活動を始めて行きたいと思います。

朝鮮学校による補助金の二重受取問題と日本国憲法

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

今日は支援者の方と知人の町会議員候補の出陣式に参列してきました。田川郡の小さな町の選挙ですが、あの西村眞悟前衆院議員がはるばる大阪からお越しになり、10分ほど応援演説をしてとんぼ返りされました。頼まれればどこへでも行く、どんな小さな集まりでも話をする、という西村先生の姿勢に、改めて感銘を受けました。

夜は、別の支援者の方が主催しておられる勉強会で「朝鮮学校による補助金の二重受取問題と日本国憲法」に関して弁護士の中島繁樹先生が講演されるとのことでお誘いいただきましたので出席させていただきました。

中島弁護士は朝鮮学校による補助金の二重受取問題が発覚したあとに、救う会・福岡(北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会)が中心となって住民監査請求を行った際の代理人でもあります。(この監査請求には私も加えていただきました)

▽朝鮮学校補助金で監査請求 福岡の男性ら返還求め
http://sankei.jp.msn.com/region/news/110301/fkk11030100430001-n1.htm

中島弁護士の講演の趣旨としては、「これまで左派は憲法を盾にとって無理な訴訟を乱発し、不条理な判決を勝ち取ってきた」「今度はわれわれが憲法を逆手にとって、不条理をひとつ正すのだ」(文責・本山)というようなものです。朝鮮学校が福岡県と北九州市の双方から同じ名目で補助金を受け取っていた問題に発するわけですが、監査請求においては「そもそも朝鮮学校への公金支出が憲法違反」という論点に立って、補助金支出の取り消しと返還を求めるものです。

さて、この問題は住民監査請求(補助金800万円の取り消しと全額返還)が認められなかった場合、住民訴訟となります。

今回はたまたま朝鮮学校への公金支出が問題となりましたが、そもそも私学に国や自治体が補助金を出すのは憲法違反ではないか、という議論があります。

日本国憲法 第89条
公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

実はこの問題について判例はありません。政府はいちおう合憲という立場ですが、私立学校に直接補助金を支出するのでなく、団体を経由して支出するという方法を採っています。

憲法89条と共通の問題を抱えているのが20条3項国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない)です。この条文があることで公的機関が地鎮祭もできないし、玉串料も捧げることができない、首相の靖国神社参拝も叩かれる、ということが起こります。常識的に考えて不条理なことがまかり通るわけです。私学助成はこれまで訴訟にならなかったものの、今回もし訴訟になれば朝鮮学校の問題以前に、私学助成の違憲問題が論点となる可能性があるわけで、法学的にもたいへん意義深い裁判となることでしょう。

もっとも、朝鮮学校と私立学校を同じにすることも本来はおかしな話です。外国人学校に公金を支出する場合は、一般私学以上に厳しい審査があってしかるべきですし、北朝鮮当局の支配下にあって日本を害する教育を明確に行っている朝鮮学校に公金を出すということは、国民への背任行為に他なりません。(高校無償化のときも議論になりました)

今後の展開を是非ご注目下さい。

JUGEMテーマ:朝鮮問題について


選挙が終わって一週間。

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

早いもので、福岡市議選が終わって丸一週間が経ちました。今日もご支援いただいた方々のところへ伺い、今後の活動を含めたアドバイスをたくさんいただきました。色々とお話を聴くうちに、改めて敗因と、これから取るべき戦略が見えてきたように思います。

今朝は選挙終了後初めて大橋駅前に立ち、街頭演説を行いました。ほんとうは直ぐにでも再開すべきだったのですが、肉体的にも精神的にも、一週間の時間が必要でした。挨拶回りにしても、お世話になった方、育てる会に入会いただいた方、その紹介先など、すべて回り終わるにはまだ数ヶ月掛かると思います。食べていくためには仕事も始めなくてはいけませんので、なおさら時間がかかることでしょう。しかしできる限り電話で済ませるのではなく、お目にかかれなくても直接出向くようにしたいと思っています。それがせめてもの感謝の気持ちを示すことだと思っています。

負けた選挙の後始末というものがこれほどみじめなものとは、考えてもみませんでした。選挙までの間だけ、とお願いしていた看板の撤去も、一枚一枚自分で外して回りました。頑丈に設置した分、取り外しにも苦労しました。挨拶に行った先でかけていただく慰めの言葉も胸に沁みます。

事務作業も、費用の集計や名簿の整理などこれから取り組まなければなりません。面倒くさがらずに、一件一件自分でこなして行こうと思います。御礼の手紙を出すべき相手もたくさんいます。こういった戦後処理を通して、改めてこの選挙戦は多くの皆様のご支援があって成り立ったのだということを実感しています。

さて、次の福岡市議選告示日を仮に平成27年4月3日とすると、告示日まで残り1,446日となります。長いようで、あっというまに過ぎ去ることでしょう。これからどういう仕事に就けるかわかりませんが、しっかりと仕事をしつつ、政治活動も確実にこなせるように頑張りたいと思います。

これで確実に勝てる」という道はありませんが、勝つためにやるべきことは徐々に見えてきました。街頭演説で訴える内容もすぐには変えられないし、自分の性格もすぐには変えられません。しかし変えないと勝てません。私にとって、困難な道を歩むことは宿命です。これから、自分にとって最も苦手な道を進むことになります。

今日改めて思ったことは、「やりたいことをやるためには、やりたくないことをやらねばならない」ということです。しかしこの「自己の壁」を乗り越えた後には、より大きな喜びが待っていることでしょう。そう思って、再度前進して参ります。

「親しみのある政治」への第一歩を

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

今回の選挙でお世話になった皆様に一人ひとりお会いして、改めてこの戦いを振り返っている毎日です。まだ選挙の後始末も終わっていませんし、就職活動もせねばなりません。なかなかゆっくり充電とはいかない今日この頃です。

しかし次なる挑戦へ向けて、確実に一歩を踏み出さねばなりません。さっそく明日からでも街頭活動を再開しようと思っています。

この選挙戦で実感したことは、有権者の皆様が求めていることと、私のやりたいことにギャップがあったということです。たいへん厳しい現実ですが、それは認めねばなりません。そもそも空中戦一本で当選圏内に入ろうという戦略にも無理があったわけですが、こうも低投票率ですと浮動票狙いの戦略では玉砕必至です。

ビラや街頭演説、インターネットに偏した戦術では、「変革の必要性」を日頃から感じている有権者のアンテナには引っかかっても、そうでない「漠然と政治に不満を持っている大多数の有権者」にはメッセージを伝えることができず、投票行動にも繋げることができません。

有権者の投票行動における動機は「候補者と自らの近さ」なのだということが、痛いほどよくわかりました。そして低投票率の原因も、現実の政治と一般有権者の距離が限りなく遠くなっていることにその原因があるように思われます。

今後私が目指す道は「親しみのある政治」の実現です。それも単なる迎合ではなく、市民の内面から芽生える「願い」を呼び起こし、行動を促す政治活動です。そのためにも、私自身が内面から変わらねばなりません。私自身が「我」を捨てて市民の皆様に溶け込み、新たな「共感の輪」を広げて行かねばなりません。

今後、支援者を募り、支持者を拡大し、無関心層に政治への関心を広げる活動に注力していきます。日本の政治を変えるために、足元の地方自治から変えていくという基本姿勢に変わりはありません。その上で、「単なる批判」は一切止め、「親しみのある政治」を実現するための提言を行っていきます。

これからより多くの人々と会い、見聞を広め、政治行政を研究し、あらゆる場所に赴き、意見の異なる人、立場の異なる人に歩み寄ります。つまらないこだわりを捨て、声なき声にも耳を傾けます。

これが私の、新たな決意です。

実存を賭けた戦い。

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

今回の市議選の結果について、引き続き深く深く考えています。私の落選だけでなく、他の選挙区でも注目すべき結果が見られました。いずれも、非組織型の無所属新人が敗れています。

とくに私には、モデルにすべき二人の候補者がおられました。いずれも30代の男性で、2度目の挑戦でした。このお二人はこの4年間、対照的な戦略で活動を続けていました。そして4年前とは比較にならないくらいの勢いを見せていました。しかし結果はいずれも落選。票も微増か、むしろ減らしてすらいました。

この結果は私にとっても衝撃的でした。私自身、このまま4年間活動を継続しても(そのときの風しだいかも知れませんが)、当選できる可能性が極めて低いことがわかったからです。かくも政令市の議会の壁は厚いものかと思い知らされました。

上記のお二人にしても私にしても、その志は「日本を変える」ことです。現代日本において日本を変えるために、もっとも正攻法といえるのが選挙に出て政治家になることです。それも、既成政党の力を借りずに政治家になって初めて政治を変えることができます。少なくとも変革のスタートラインに立てます。

今回の選挙は投票率が下がったとは言え、やはり「基礎票」と呼べるものがない限りは勝負になりません。「風」も基礎票があって初めて活きるわけです。その基礎票をつくるためには多大な時間と労力と資金を要します。だから非組織候補が組織候補に勝つことが難しいというわけです。

「そんなこともわからずに出馬したのか」と問われるかも知れません。わかってはいました。わかった上で、敢えてその壁に挑戦したかったのです。この挑戦は挫折に終わりました。

なぜそんな挑戦をしたのかと問われれば、以前にも書いたとおり「実存を賭けた戦い」を行うためです。挑戦すること自体が、実存の証明でした。だから私はこの挑戦をまったく後悔していません。

問題は、「どうやって日本を変えるか」です。この一点に尽きます。選挙のやり方を変えねば、政治のあり方は変わりません。この思いは変わりません。どうすれば違う選挙のやり方で勝てるのか、まさに前人未到の挑戦です。個人でできる努力には限界があります。そこが悩ましいところです。

めいいっぱい苦しんで、結論を出すことになるでしょう。

敗戦の弁。

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

福岡市議選が終わって2日が経とうとしています。選挙結果についてまだ分析も整理も総括も終わっておらず、戦後処理、挨拶回りも緒に就いたばかりで、また精神的肉体的に疲労困憊していますので、うまく文章にできるかわかりませんが、現時点で正直な感想を書いておこうと思います。

まず、この2年間の政治活動、10日近くにわたる選挙活動をご支援下さったすべての皆様に心より感謝申し上げます。そして、惨憺たる結果に終わったことをお詫び申し上げます。供託金没収は回避したものの、当選には程遠い結果でした。

私の選挙戦には基礎票と呼ぶべきものはほとんどありませんでした。熱心な支援者の皆さんが集めてくださった名簿も、当選に必要な5000件には程遠い数でした。空中戦中心にならざるを得ない戦いの中で、投票率が予想以上に低下したことはかなりの痛手でした。

福岡市南区の投票率は平成19年の福岡市議選49.01%で、今回40.74%でした。8.27%の低下です。南区の有権者数は198,877人でしたので、8.27%は約16,447人分の票になります。今回の最高得票数は川上候補の7,526票ですので、投票率低下の影響は極めて大きいと言えるでしょう。

投票率低下の理由は以下の4つが考えられます。

・知事選が相乗りとなった
・県議選が無投票となった
・選挙運動「自粛」で盛り上がりに欠けた
・投票日が絶好のお花見日和となった


東日本大震災が有権者の行動に与えた影響はわかりません。

さて、しかしながら投票率が前回同様かそれ以上だったとしても、私が当選できたとは考えにくいでしょう。やはり「非組織型選挙」の限界を痛感しました。私の政治活動にもっとも不足していたのは戸別訪問です(もっとも、軒並の戸別訪問は公選法で禁止されています)。生活資金の問題から今年の2月まで会社勤めとしていた身としては、戸別訪問は時間的に厳しいものがありました。退職してからも事務処理に割く時間が多く、名簿を充分に消化できませんでした。

2年間にわたる(出勤前の)街頭演説とインターネットの活用、ビラの全戸配布、そして口コミが私たちの選挙戦術でした。選挙費用はまだ集計が終わっていませんが、200万円もかかっていないと思います。そのお金もすべて寄付金と自己資金です。借金は結局しませんでした。

色んな意味で手探りの選挙戦でした。告示間近になって熱心に応援してくださる方も増えて行きましたが、時間が足りず浸透しきれませんでした。地盤(組織)・看板(知名度)・鞄(資金)の無い状態で政令市議選の壁を突破するのはやはり困難でした。いまでも不可能ではないと思っていますが、少なくとも私たちが2年間全力で戦って駄目でした。この厳しい現実は、正面から受け止めざるを得ません。

4年後再び挑戦するつもりでおりますが、戦略を根本的に見直さざるを得ません。私は生涯、政治運動に挺身するつもりですが、まずは土俵に上がらねば話になりません。私にとっての戦いの第一ステージはあくまで福岡市議会です。これから数ヶ月かけて絶対勝利の道を模索したいと思います。

それは、地盤(組織)・看板(知名度)・鞄(資金)を構築することです。今回のように捨て身で、徒手空拳の戦いをしても通用しないことがはっきりしました。いかにして政治信念を枉げない方法で「3バン」を構築するかが問題です。

しばらくは挨拶周りと戦後処理、そして就職活動にかかりきりになります。その上で、絶対勝利の戦略を練って再び戦いの狼煙を挙げたいと思います。変革の必要性は迫ることさえあれ、遠のくことはありません。




福岡市議選(南区)の選挙結果

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

福岡市議選(南区)の選挙結果をお知らせします。

◇南区(定数11−15)

【当選】宮本秀国  67 党市議団長    共現
http://www.jcp-fukuoka.jp/miyamoto/

【当選】富永周行  36 党支部長     み新
http://ameblo.jp/tominagahiroyuki-fukuoka/

【当選】飯盛利康  33 会社員      自現
http://www.iimori.net/

【当選】国分徳彦  53 [元]PTA会長 諸現
http://kokubu-tokuhiko.jp/

山下謙二  64 [元]保健所長  民現
http://yamashita-kenji.com/

【当選】三原修   54 労組顧問     民現
http://www.miharaosamu.net/

財津由香  39 会社社長     民新
http://ameblo.jp/zaitsuyuka/

本山貴春  29 [元]会社員   無新
http://takaharu.sejp.net/

【当選】川上陽平  34 九電工社員    自新
http://www.k-youhei.com/

【当選】大石修二  50 党県役員     公現
http://www.komei-fukuokacity.net/s-oishi/

【当選】松野隆   48 党県役員     公現
http://www.komei-fukuokacity.net/matsuno/

【当選】光安力   62 会社社長     自現
http://www32.ocn.ne.jp/~mitsutomu/

今井明美  51 介護福祉士    ネ新
http://imai.voicejapan.net/

【当選】打越基安  56 保護司      自現
http://www.uchikoshi.info/

【当選】伊藤嘉人  50 会社社長     自現
http://www.itouyoshito.com/

得票数は下記をご確認下さい。
http://www3.nhk.or.jp/senkyo/#/skh/8704/

南区の投票率は40.74%でした。

詳しい分析はこれから行いますが、組織戦には勝てませんでした。すべての支援者の皆様にお詫び申し上げます。次期挑戦へ向けて早急に戦略を立て直します。

私の獲得票は1,901票で最下位でした。


続きを読む >>

本日4月10日は、統一地方選挙投票日です。

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

本日は統一地方選挙(前半戦)の投票日です。福岡では福岡県知事選挙、福岡県議会議員選挙、福岡市議会議員選挙の投開票が行われます。私の住む南区では、残念ながら県議選が無投票となりました。

福岡市南区の市議候補をご紹介しておきます。(届出順)

◇南区(定数11−15)

宮本秀国  67 党市議団長    共現
http://www.jcp-fukuoka.jp/miyamoto/

富永周行  36 党支部長     み新
http://ameblo.jp/tominagahiroyuki-fukuoka/

飯盛利康  33 会社員      自現
http://www.iimori.net/

国分徳彦  53 [元]PTA会長 諸現
http://kokubu-tokuhiko.jp/

山下謙二  64 [元]保健所長  民現
http://yamashita-kenji.com/

三原修   54 労組顧問     民現
http://www.miharaosamu.net/

財津由香  39 会社社長     民新
http://ameblo.jp/zaitsuyuka/

本山貴春  29 [元]会社員   無新
http://takaharu.sejp.net/

川上陽平  34 九電工社員    自新
http://www.k-youhei.com/

大石修二  50 党県役員     公現
http://www.komei-fukuokacity.net/s-oishi/

松野隆   48 党県役員     公現
http://www.komei-fukuokacity.net/matsuno/

光安力   62 会社社長     自現
http://www32.ocn.ne.jp/~mitsutomu/

今井明美  51 介護福祉士    ネ新
http://imai.voicejapan.net/

打越基安  56 保護司      自現
http://www.uchikoshi.info/

伊藤嘉人  50 会社社長     自現
http://www.itouyoshito.com/

投票は夜8時までです。



福岡市議選、第九日目。最終日

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

本日が最終日です。時間が無いのでこれ以上は書けません。総括は後日UPします。





福岡市議選、第八日目。

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

選挙戦、残り1日となりました。明日は朝から晩まで、いっさい怯むことなく、弛むことなく前進を続けます。声が嗄れて出なくなるまで訴えます。

さて、今日のUSTREAMアーカイブです。久々に教育改革に触れました。

▽本山たかはる:いま必要な教育改革について 選挙8日目
http://www.ustream.tv/recorded/13852441



今夜は大橋駅前で夜立ちです。頑張ります!



福岡市議選、第七日目。

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

今夜もインターネット生放送を行いましたので先ずご紹介します。

▽本山たかはる:東日本大震災復興支援策 選挙7日目
http://www.ustream.tv/recorded/13831801



選挙戦は残り2日間です。さすがにスタミナが切れ、声も嗄れてきました。しかし戦う気力は増すばかりです。闘争心に燃えています。

街頭活動も、前半と後半では若干戦術を変えました。自転車と選挙カーの組み合わせは変わりませんが、廻り方などを変えています。市民の皆さんの反応を見ながら、柔軟に展開中です。

今日の選対会議では、「無所属だけでは立ち位置が不明でインパクトに欠ける」という意見が上がりました。無所属に替わる、私の立ち位置を示す言葉を明日までに考えたいと思います。



福岡市議選、第六日目。

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

本日で選挙戦も三分の二が終わりました。残り三日間がラストスパートです。この2年間の総決算でもあります。勝利へ向けて、怯むことなく前進します。

今日は、これまでYoutubeにUPした街頭演説の動画をご紹介致します。



▽福岡市議候補 本山たかはる 第一声!
http://www.youtube.com/watch?v=CnmDaJ4UHYQ

▽福岡市議候補・本山たかはる大橋駅前街頭演説 23/4/1
http://www.youtube.com/watch?v=5lFVfMm2cOQ

▽「政治に自粛は許されない!」本山たかはる大橋駅前街頭演説 23/4/1
http://www.youtube.com/watch?v=qNi5JEk2Ca4

▽「ひとりの福岡市民として」 本山たかはる大橋駅前街頭演説 23/4/2
http://www.youtube.com/watch?v=EiWBms8GhXg

▽「私が!」福岡市議候補・本山たかはる大橋駅前街頭演説 23/4/2
http://www.youtube.com/watch?v=SJkQVCkmDDs

▽「20代で立つことの意味」 本山たかはる 高宮駅前街頭演説 23/4/4
http://www.youtube.com/watch?v=BfCSXyamwPw

▽福岡市議候補・本山たかはる平尾駅前街頭演説 23/4/4
http://www.youtube.com/watch?v=z2VZTkGwvrc

本日のUSTREAM生放送です。

▽本山たかはる:改めて、インターネットと選挙。 選挙6日目
http://www.ustream.tv/recorded/13810485






福岡市議選、第五日目。

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

選挙戦5日目、折り返し地点となりました。今日は個人宅にてミニ集会を開いていただきました。

私の予想通り、ここへきて「人工島へのこども病院移転問題」が選挙の争点に浮上しております。現職陣営、既成政党会派の殆どは一度賛成していますので、いくら市民の大多数が反対といっても反対と言えない。高島市長主催の検証委員会も結論を市議戦後に持ち越したことからも、選挙結果がこども病院移転を左右することが明らかです。

現在の私の政策をお知らせします。

1.こども病院の移転先

 → 馬出の九州大学病院敷地内

2.アイランドシティ活用策

 → 市庁舎をアイランドシティに移転
   現市庁舎を売却し、新市庁舎建設費用に充当


以上です。今夜も終電まで夜立ち頑張ります!



▽本山たかはる:防災対策は?! 選挙5日目
http://www.ustream.tv/recorded/13791108



福岡市議選、第四日目。

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

福岡市議選が始まって4日目となりました。毎日自転車で回っていますが、なんとか体力は続きそうです。

今日もUSTREAMで先ほど中継を行いました。アーカイブを貼っておきます。



▽防災対策は?! 選挙4日目
http://www.ustream.tv/recorded/13772640

福岡の桜も見ごろです。今日は快晴でしたので、ところどころで桜を眺めながら回りました。実に気持ちよく、楽しい選挙戦です。何箇所か、お花見をしている皆さんもおられました。

USTREAMでも申しましたが、私は本日で29歳になりました。29歳の抱負は、この二年間申し上げてきた公約実現の一歩を記すことです。当選してこそ志を果たすことができます。とにかく勝つために、最後の最後まで走りぬきます!



福岡市議選、第三日目。

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

今日は選挙戦が始まって最初で最後の日曜日でした。私は自転車で朝から晩まで南区内をぐるぐる回り、夜にはミニ集会を開催しました。

ちょっと予定が狂って放送が1時間ずれましたが、USTREAMの生放送も行いました。今回は弟との掛け合いです。弟は私よりしっかりしています。



▽本山たかはるの反乱てれび:質問に答えます! 選挙3日目
http://www.youtube.com/watch?v=fz5Dq1MF5NU&feature=channel_video_title

今日は福岡市内の桜も満開で、お花見日和でした。自転車で回るときも桜の名所をめざして回ったのですが、お花見をしている方は少ないように思えました。お花見にも自粛ムードが漂っているようです。

自粛と言えば、選挙カーの自粛ですが、相乗り県知事候補が19時過ぎに選挙カーで連呼していました。この知事候補はたしか選挙が始まっても地方議員の選挙事務所周りしかしていないとしてマスコミから批判されていましたが、まともに選挙運動をする気になったのでしょうか。

ところで、選挙公報が配布され始めたようですので、わが陣営の選挙公報を公開しておきます。

選挙公報.jpg