スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

いまそこにある危機としての「超高齢社会」

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

4月中にウェブサイトをリニューアルする予定でしたが、自宅にネット環境を整備できていないこともあって遅れております。遅くとも5月中にはリニューアルを完了したいと思っています。

さて、前回の記事でも触れましたが、この夏に福岡市南区でデイサービスを開業することになりました。これは今年立ち上げられたNPO法人の収益事業として実施するもので、私が専従職員として創業と運営を任せていただいているものです。理事長は長年福岡でビジネスをやってきた起業家で、経営の指導もしていただいています。

NPO法人この指とまれ大地(つち)の会は、最終的には子供達の教育に関する事業を手掛けることを目標にしています。理事長の持論は「ゼロ歳児教育の重要性」「幼老共生の実現」です。これは私も所属している「ヒトの教育の会」の井口潔先生(九大名誉教授)が提唱する教育理論にも合致するもので、全国でもいくつかの団体が実践しています。

教育問題は喫緊の課題ですが、私たちは法人の収益基盤として老人福祉事業を選択しました。それも通常の介護事業ではなく、「介護予防」を目的とした介護事業です。法律上の呼称としては「介護予防通所介護事業」となります。なんともややこしい名前ですが、要するに「リハビリを行うデイサービス」です。

リハビリを目的とした介護には「デイケア」と呼ばれるものがあります。この「デイケア」は病院などの医療法人が運営するもので、デイサービスはそれ以外の法人が運営します。近年、リハビリを目的とする「半日型・フィットネス型のデイサービス」が急増しています。

これまでの介護事業は「対症療法的」なものが殆どでした。お年寄りの体が弱り、家庭では面倒見きれなくなって日中だけ施設に預けたり、あるいは老人ホームに住ませたり、という家族目線のものです。つまり自力で食事や入浴などの日常生活ができなくなってしまった人のために、高齢者介護事業が生み出されました。

しかし一方で、そのような介護施設を利用せずとも末期まで普通に生活する方もおられます。多くの人は、「できれば最後まで普通に生活したい」「寝たきりになって他人に面倒を見てもらうのはいやだ」と思っているのではないでしょうか。国としても、社会福祉費の増大を目の当たりにして、いかにして介護費用を引き下げるかに苦心していることでしょう。

従って、いまもっとも求められているのは「介護予防」のためのサービスなのです。私たちはこの事業のために地元のパーソナルトレーニング・ジムトレーナーのご指導を仰ぎ、もっとも有効なフィットネス・プログラムを策定することにしました。そして将来的にはデイサービスの場所を利用して「学童保育」事業を実施し、お年寄りにボランティアとして参加してもらう流れを作りたいと考えています。お年寄りが「社会に貢献している」と思えるきっかけをつくることが最大の「介護予防」であり、リタイア世代に教育に参画してもらうことで今の教育問題解決に寄与できるかも知れないからです。

このサイクルがうまくできれば、失われた地域共同体の再生も不可能ではないと思っています。私は昨年の福岡市議選でさまざまなことを訴えました。私の政策は自治体のレベルで実現できればそれに越したことはありません。しかし民間レベルでも実現できることはあります。今回、このようなチャンスを与えていただけたことに心から感謝しています。

新規事業の立ち上げにあたって、若い世代に雇用を創出したい、というのも私たちの考えです。介護職員と機能訓練指導員の各一名を募集しています。介護職員については資格を問いません。詳しくはNPO法人この指とまれ大地の会の公式サイトをご確認ください。

NPO法人この指とまれ大地の会 http://konoyubi.pce-ys.net/

掲題の「超高齢社会」とは「65歳以上の高齢者の占める割合が全人口の21%を超えた社会」のことです。わが国はすでに平成19年に超高齢社会に突入しました。とくに今後「団塊世代」が高齢者の仲間入りをすることになります。これによってわが国の社会保障システムが破綻することは充分に想像できます。

政府は企業に対して定年の先延ばしを強制するなどの(相変わらずの)弥縫策を実行しようとしています。しかし本当に必要なことは、高齢世代から若年世代への所得移転です。私はデイサービス事業を通じて、このことを試みたいと考えています。

事務所移転と入籍のご報告



皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

昨年の統一地方選挙から早一年が経ちました。選挙までも怒涛の日々でしたが、その後の一年もますます怒涛の毎日で、いろんな経験をさせていただきました。いまはNPO法人の事務局として、今夏開業予定のデイサービスの準備に専念している毎日です。デイサービスの構想や理念についてはまたこのブログでお知らせすることもあると思います。基本的に私の生き方は政治を志してから変わっていません。あくまで世の中を変えていく、その手段の一つとして、いまの仕事があると思っています。

さて、このたび平成24年4月4日をもって私・本山貴春は妻・恵と入籍致しました。妻とは今日まで3年ほど交際し、選挙の間も、落選後も精神的に支えてもらいました。これからも生涯を共に過ごし、相携えて道を進んで参る所存です。この場をお借りしまして、これまでご指導ご鞭撻下さいました皆様に深く感謝御礼申し上げます。

尚、式は6月に高宮八幡宮ご神前にて挙行させていただきます。披露宴につきましては、まったく資金がないため親族とごく一部の身近な方のみにご案内させていただく予定にしております。どうか事情をお酌み下さいますようお願い申し上げます。

入籍にあたり、今月8日付をもって事務所兼住居を下記へ転居致します。
今後ともご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。

   転居先
   〒815-0037 福岡県福岡市南区玉川町4番18号 ソレイユ高宮 401号室

公式サイトリニューアルと電話回線停止のお知らせ

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

来月、事務所兼自宅を転居することになりましたので少し早めですが電話回線等を撤去しました。あまり使っていませんので、転居先で固定電話を引くかどうか未定です。また、転居先住所は改めてお知らせします。

これまで事務所のFAX番号を公開しておりましたが、現在使用できませんのでご了承下さい。当方に連絡が必要な場合は、下記メールフォームよりご連絡をお願いします。
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P56576719

また、本山たかはるを育てる会公式サイトはリニューアルのため暫く公開を停止します。今後はブログと公式サイトを統合して本年4月までに公開予定です。その際、URLも変更となりますが、従来のURLから自動遷移できるようにします。

以上、ご理解とご協力をお願いします。

死を恐れぬ者にしか、ほんとうの政治はできない。

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

今日は筥崎宮での勉強会に参加し、最後に吉田松陰の「士規七則」をみんなで読みました。私もずいぶん昔に読んだことがありましたが、内容は覚えていませんでした。改めて重要なことが書いてあると感じましたので、下記に転載します。

士規七則

冊子を披繙(ひはん)せば、嘉言(かげん)林の如く、躍々として人に迫る。
顧(おも)ふに人読まず。即(も)し読むとも行はず。
苟(まこと)に読みてこれを行はば、則ち千万世と雖(いえど)も得て尽すべからず。
噫(ああ)、復た何をか言はん。然りと雖も知る所ありて、言はざる能(あた)はざる人の至情なり。
古人これを古に言ひ、今我れこれを今に言ふ。
亦なんぞ傷(いた)まん、士規七則を作る。

一、凡そ、生れて人たらば、宜しく人の禽獣に異る所以を知るべし。
  蓋(けだ)し人には五倫あり、而(しか)して君臣父子を最も大なりと為す。
 故に人の人たる所以は忠孝を本と為す。

一、凡そ、皇国に生れては、宜しく吾が宇内(うだい)に尊き所以を知るべし。
  蓋(けだ)し、皇朝は万葉統一にして、邦国の士夫世々禄位を襲(つ)ぐ。
  人君、民を養いて、以て祖業を続(つ)ぎ、臣民、君に忠して以て父志を継ぐ。
  君臣一体、忠孝一致、唯だ吾が国を然りと為す。

一、士の道は義より大なるはなし、義は勇に因(よ)りて行はれ、勇は義に因りて長ず。

一、士の行は質実欺かざるを以て要となし、巧詐(こうさ)過を文(かざ)るを以て恥と為す。光明正大、皆是れより出づ。

一、人、古今に通ぜず、聖賢を師とせずんば、則ち鄙夫(ひふ)のみ。読書尚友は君子の事なり。

一、徳を成し材を達するには、師恩友益多きに居り、故に君子は交遊を慎む。

一、死して後已(や)むの四字は言簡にして義広し。堅忍果決、確乎として抜くべからざるものは、是れを舎(お)きて術なきなり。

右士規七則、又約して三端と為す。
曰く「志を立てて以て万事の源と為す。交を択(えら)びてもって仁義の行を輔く。
書を読みて以て聖賢の訓(おしえ)を稽(かんが)ふ」と。士まことに此(ここ)に得ることあらば、
亦(また)以て成人と為すべし。
                        二十一回猛士手録

この士規七則はもとは漢文で書かれました。吉田松陰がこの文章を書いたのは安政二年、26歳のとき、獄中においてでした。その後、松陰は松下村塾を開き後の明治元勲を育てることになりますが、わずか二年の教授となり、30歳で刑死します。

松陰の思想はまさに幕末武士道のエッセンスというべきものでした。むろん松陰独自に創出したものではなく、数百年間に亘って培われ昇華された武士道を、松陰が完成させたと言えます。この教えは、現代にあっても、またグローバル社会においても色あせるものではなく、少なくとも政治を志すものは肝に銘ずるべきでしょう。

江戸時代の武士は政治家でした。彼らは官僚であり、政治家であり、軍人でした。近代では分裂するそれらの社会的役割を、一身に担うからこそ、武士には高い徳目が求められました。明治政府はこれら武士の徳目をすべての国民に普及することを目指したとも言えます。

士規七則の最後の一文を訳してみます。

すなわち、志を立てることが全ての始まりである。また交わる相手を選ぶことで筋を通し正義を行うことに資する。さらに文献を通読して先人の教えを考えることが重要だ。士はこのことを真に理解しわがものとしたとき、初めて完成した人となるのである。

松陰のいう「士」は、明治以降はすべての「日本国民」に当てはまります。なぜなら明治維新によってわが国は国民国家となったからです。国民国家とは、すべての国民が国家の経営に参画し、国家に貢献し、国土を守ることで、国民全体を外敵に侵されない強い共同体とするものだからです。それが真の民主主義です。

大東亜戦争末期、多くの国民が戦場へ赴きました。女性も少なからず戦場へ行きました。当時は国家の幹部候補生であった大学生も学業を棄てて戦場に散りました。燃料弾薬に乏しい中、多くの若い即席軍人が特攻兵として玉砕しました。何故そのようなことをせねばならなかったのか、ということを戦後の私たちは問います。しかしほんとうに問うべきは、なぜそのようなことができたのか、なのです。それはまさに武士道教育の賜物でした。

あの戦争を悲惨の一言で片づけてはならないのです。あの激烈な戦いがなければ、日本国は地球上から跡形もなく消えていたか、一億総奴隷となっていたでしょう。

さて本記事の本題はそのことではありません。

民主党政権三代目の総理は、早くもその求心力を失いつつあるように見えます。かといって、かつての与党である自民党の追及も優しすぎるように思われています。結論から言って、いまの日本国家の経営は、だれが政権担当者になってもうまく行かないのです。いま内閣を組むことは、ババ抜きのババを引くようなものです。一番楽なのは野党席から野次を飛ばすことです。これは自治体経営も同じです。

その中で、大阪市の橋下市長や名古屋市の川村市長など、一部の地方首長が際立って存在感を発揮しています。彼らの手法が正しいか正しくないかは措くとして、彼らは特別な存在なのか、ということを私たちは考える必要があります。いまの混迷する日本において、まともな政治をやろうと思えば、変革者たらざるを得ません。それも相当ドラスティックな変革が必要です。しかし変革には抵抗がつきものです。

すべての人にいい顔をしようと思えば、変革はできません。すべての人に賛同してもらえる(実質的に有効な)政策はありません。しかしそれでも必要な変革を訴え、それを実行できる。すくなくとも橋下市長や川村市長にはその気迫があるように見えるのです。抵抗を恐れないということは、突き詰めれば「死をも恐れない」ということです。

政治家が落選を恐れ、財産の喪失を恐れ、悪名を恐れ、死を恐れたとき、真の意味での政治家としては死を意味します。いまわが国の政治家のほとんどは、卑しい人間として生きながらえるのみで、すでに政治家として死んでいるのです。

命を懸けるということ



皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

先日、ある学生さんと深夜まで酒を飲むことがありました。彼は非常に優秀で、しかも決して優等生タイプではない、色んな意味で将来有望な男です。

そこで色々話し込むうちに、私は思わず本音を漏らしたのでした。「○○くん、僕は日本を独立させたいんよ」。彼はさらっと答えました。「結局はどんだけ本気で、命を懸けるかやないですか」。

私は虚を突かれた思いでした。彼は私が政治家を目指して選挙に出たこともよく知っています。いま私がやっている仕事のこともよく知っています。これまでそんなに深い話をしたことはないけれども、彼の明晰な頭脳では全てがお見通しなのです。

だから彼の一言は私の心に深く残りました。

私は行動がすべてだと思っています。そして私の望みは、日本を独立へ向かわせる、そのために人生を捧げることです。しかしそのために何をすべきか、何ができるのか、正直悩み、苦しんでいます。生活と政治活動を両立させるということは容易ではない。しかしいずれにせよ私たちがめざす道は容易な道ではありません。

若い彼はそんな私の悩みを見透かしたのかも知れません。

年末に年長の男性と酒を飲んだときも言われました。「いったい君は何をやってるんだ」。

正直、去年選挙が終わってからはどん底の生活でした。その中で東北へも行き、帰ってからは小銭を稼いで食いつないで来ました。街頭活動する余裕はないし、意味も見いだせませんでした。それでも虚勢を張って、弱音を吐かないようにしてきました。これが自分の選んだ道だからです。

そのような中、今後どういう政治運動を起こして行くべきか考えて来ました。私は最終的には「日本独立運動」をやりたい。しかし国際法上は独立しているわが国では、これはどうしても抽象的なテーマになります。運動を始めるには、テーマを絞らねばなりません。

国家独立の前提となるのは、いうまでもなく個人の自立です。であれば、個人の自立を促す運動をするべきではないか。中でも、若い世代の自立こそが最重要な課題ではないか、と思い始めています。最近でこそ世代間格差の問題がおおっぴらに論じられるようになりました。しかし若い世代からの意見表明はなかなかし辛いのが実情だと思います。

今年は「若い世代による新しい運動」を構想し、その一歩を進めたい。いまそのように考えています。

NHK大河ドラマの問題から「武士道」を考える

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

私はふだんあまりテレビドラマを観ないのですが、これはというものがあれば毎回録画して観るようにしています。NHKの大河ドラマも特に面白そうなのがあれば観ており、最近では『龍馬伝』が好きでした。

今月から始まった『平清盛』は扱いの難しい中世の話ということもあり、楽しみにしておりました。実はこのドラマは放送開始前から一部で物議を醸していました。それは、皇室のことを「王家」と呼んでいる点です。劇中では庶民までもが皇室を「王家」と呼び、武士を「王家の犬」と吐き捨てます。

この問題について私も色々調べてみましたが、学術的にも当時の人々が皇室のことを王家と呼んだ可能性は低いように思います。文書でも「皇」の字の用例の方が圧倒的に多いですし、平安時代は言霊信仰がいまより強いので、高貴な方を直接的表現では呼ばなかった可能性が高いのです。

▽皇室のきょうかしょ vol.4 天皇の敬称
http://www.fujitv.co.jp/takeshi/takeshi/column/koshitsu/koshitsu04.html

NHK制作陣としてはリアリティに拘りたかったのかも知れませんが、その他の台詞の言い回しなどからしても研究不足なのではないかと思います。役者の多くは江戸時代あたりの舞台設定の言葉使いしかしていません。特別、皇室を貶めたい意図があったとも思いませんが、もう少し作りこんで欲しかったところです。

ただし、NHKが大河ドラマのテーマに「平清盛」を採用した意気込みは素晴らしいと思います。劇中で繰り返し語られるように、平清盛は「武士の世」を切り開いた立役者だからです。日本史の中では悪役で描かれる印象も多い清盛ですが、その存在感は豊臣秀吉とも通じるものがあります。

平家の栄華から鎌倉幕府が成立する過程において、武家勢力が一大政治勢力として台頭し、以後は武家の覇者が入れ替わり立ち代わり日本の政治を担うことになりました。もともとは朝廷も「神武東征」の神話や、日本武尊(ヤマトタケル)の伝説に見る如く、武力をもってわが国を統一しています。ところが平安時代のころには、直接「暴力装置」を発することを嫌うようになり、国家の治安維持を武家集団に委託するようになります。

源氏や平氏はその血筋の良さもあって武家の棟梁と持ち上げられますが、その頃には殆ど土着化していたものと思われます。土着化した地方貴族と地方農民が結びついて武装し、自らのコミュニティー防衛を図ったところから武家集団が発生します。そこには強烈な「独立心」があった筈です。

後、江戸時代まで下って幕府が統治を円滑にするため儒教を輸入し、「忠誠心」を強調したため武士道といえば主君に絶対服従するものと思われがちですが、その底辺には強固な「独立心」が流れているわけです。だから後にも主君が間違っていれば命がけで諌めるということがありました。

まさに「平清盛」以降、日本のサムライたちは「忠誠心」と「独立心」の間で揺れ動く歴史を辿ります。その過程において、究極の「大義」がどこにあるのかを探ろうとし、それが水戸学陽明学に結びつくのです。その結実として、「王政復古の大号令」たる明治維新が起こります。明治維新がまさに「日本の独立」が危機に晒されたその時に行われたということは偶然ではありません。

しかし明治政府は急速に近代化を進めるために、中央集権的官僚体制を構築します。「忠誠心」と「独立心」のアウフヘーベンたる「武士道」を近代日本における道徳教育の主柱にできれば、日本人も「近代人」になることができた可能性がありましたが、その意図は充分に達成されないまま大東亜戦争の敗戦を迎えることになります。

そして戦後日本人はついに「忠誠心」も「独立心」も喪ってしまいます。つまり、近代的な「公共心」はいまも日本人に身についているとは言い難いのです。日本の統治者はその強固な官僚体制によって国民の生産力に「寄生」し、国民はただ奪われコントロールされるばかりで反撥もできないでいます。

中世、平清盛に象徴される武家台頭の背景には、中間搾取が蔓延り政治が腐敗するという実態がありました。平家一門はやがて貴族化しますが、源氏(と北条氏)は辺境に独立政府を築いて貴族化を避け、武家集団の利益代表を続けることで150年近くも安定統治を可能としました。しかし鎌倉幕府も官僚化は避けられず、つまり幕末に近づくにつれて武家の利益代表たる実体を喪ったことで、あっけない終焉を迎えました。その変遷はその後の武家政権(室町幕府や江戸幕府)もほぼ同様です。

さて現代に目を転ずれば、わが国の統治者は高級官僚を中核とする既得権益集団です。彼らは国民全体の利益を顧みることなく、利権の拡大と保身に汲々としています。現代の統治機構は中世に比べれば遥かに複雑で判りにくく、しかもより強大な権力を握っています。しかしそれでも近い将来、その欺瞞が暴かれ、新たな「国民全体の利益代表」たる新勢力によって打倒されることでしょう。

そのためにも、いまこそ私たち国民は「究極の公共心としての忠誠心」と「何ものにも依存しない独立心」を育み、「新しい武士道」を確立すべきなのです。

日本全体を復興しよう

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

今月の28日に震災復興支援のチャリティーコンサートを開催するにあたり、私が三陸鉄道の復旧状況を発表することになっているので、改めていろいろ調べていました。

そこでわかったことですが、JR東日本のいくつかの路線(たとえば南三陸町を走っていた気仙沼線)は復旧の見込みが立っていないということです。

第三セクターである三陸鉄道の場合はずっと「赤字基調」だったので、国の基準に従って支援を決定。復旧のための110億円がつぎ込まれる予定になっています。ところがJR東日本の場合は黒字経営だったので自力で復旧せねばなりません。そこで当然「経営判断」することになります。JR東日本としては多額の投資をして復旧しても、その投資を回収できる見込みが薄い場合、二の足を踏まざるを得ません。

その結果、三陸沿岸地域で鉄道が戻らない路線が出てきそうなのです。

▽河北新報「東日本大震災 JR在来線復旧/国は資金投入をためらうな」
http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2012/01/20120119s01.htm

昨年末には似たような話で、宮城県内の漁港が「集約」されると発表がありました。

▽河北新報「焦点/漁港再編案/宮城、60拠点漁港に集約」
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/20111209_01.htm

確かに東日本大震災の被害はかつてないほど甚大で、国の予算も(それでなくとも)逼迫しているのかも知れません。しかしどうも、私にはこれらの施策が「ずれて」いるように思えるのです。

もし私が復興予算について提案する立場にあったなら、おそらくインフラや生産施設を優先させます。もしかしたら住宅よりもそれらを優先するかも知れない。被災地の詳しい実情を知らずに感覚で意見を述べることは避けるべきではありますが、正直そう思うのです。

私が被災地で東北の人々と交流して感じたことは、かの地の人々は非常に忍耐深いということです。繰り返す津波に耐えてきた遺伝子があるのかも知れません。信じられないような悲劇に遭遇してもなお、強く生きようという静かな決意を感じました。けっして大人しいわけではなく、したたかでした。

しかしそれでも、仕事がなければ生活できません。ただお金をもらうだけでは、生きる活力が生まれません。ところが国や自治体は被災者が働く場を再建しようとしても、むしろそれを阻害する動きをしているように思えました。役人特有の「規則ですから」という言葉によって被災地でのあらゆる行動が制約されるのです。

政府は本気で東北被災地を復興しようとしているのか、おおいに疑問を感じます。復興と復旧は違います。そして私は、復旧は復興よりも難しいと考えています。復旧とはあくまで表面的なものです。多額の予算を投じてあらゆる建築物を整備しても、人が戻り、人が増えなければ復興にはなりません

前にも書きましたが、被災地から戻って感じるのは「日本全体が被災しつつあるのではないか」という感覚です。確かに被災地の瓦礫は片づけられ、インフラも整いつつあります。しかし小さくなる一方の「パイ」を既得権者たちが奪い合う構図は変わりません。

菅総理(当時)が原発事故のシュミレーションを「無かったことに」したがったように、「津波」や「原発事故」を無かったことにはできないのです。いまの日本が抱える無数の病理も、見て見ぬふりすることは赦されないと思います。

※南三陸町に残ってボランティア活動を続けている仲間のためにブログを作りました。是非ご覧ください。
棟梁オカベの南三陸復興日誌 http://toryo-okabe.jugem.jp/

『ぼくらの祖国』 青山繁晴著

評価:
青山 繁晴
扶桑社
¥ 1,680
(2011-12-28)

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

私は昔から本の虫で、どんなに忙しくても読書をします。しかしなかなか感想を書くというところまで至らないことのほうがどうしても多くなります。これからはできるだけ感想をこのブログに記して行こうと思います。

つい先日、青山繁晴氏の『ぼくらの祖国』が扶桑社より刊行されました。青山繁晴氏のことを初めて知ったのはYoutubeの動画でした。氏の十八番とも言うべき、「硫黄島(いおうとう)」に関するお話でした。硫黄島は東京都小笠原村に所属する島で、クリント・イーストウッド監督による映画『硫黄島からの手紙』でも知られています。(映画では「いおうじま」とルビ)

それ以来、青山氏の出演するインターネット番組を頻繁に視聴するようになりました。とくにチャンネル桜の番組はいつも更新を楽しみにしています。一度動画をご覧いただければわかりますが、とにかくこの人は熱い。番組では視聴者からの質問に同氏が答える形式をとっていますが、どんな質問にもまっすぐ真剣に答える。動画からその誠実な人柄が伝わります。

青山繁晴氏は昨年大病を患いましたが、全快を待たずに単身、福島の原子力発電所に乗り込みました。東日本大震災直後、専門家がだれも行きたがらない中、氏は原子力防護の専門家としてその責任を果たすために、まさに日本国民を代表して現場へ向かったのです。

このエピソードからもわかるように、青山繁晴氏は徹頭徹尾「行動派」であり、知行合一の人です。私は氏の生き方に心から共感し、また氏を心から尊敬する日本人の一人です。このような人を同時代にもてたことに誇りを感じます。福岡県でも何度か講演されていますが、いずれも行けませんでした。いつの日か直接お話を伺いたいと熱望しています。

さて、著書の内容はこれまで青山氏がYoutubeやブログで発信して来た内容と重なっています。しかしこれほどに、一頁一頁から、またその行間から、強い想いを感じさせられる書物はありませんでした。この本は受験生や、教師や、親たちに向けて書かれています。けっして難しいことは書いていない。しかしとても大切なことが書かれています。

私は青山氏のように、氏のような誠実さと、情熱と、「伝える力」を持って話すことができるようになりたいと思って来ました。そしてこの本を読んでその思いを強くしました。この人は、怒るべきことには真っ直ぐ怒ります。しかしそれでもなお、他者への思いやりに満ちています。

近年、書物を読んで号泣したことはありませんでした。しかしこの本ではどうしても一か所、涙が出て止まらず、読み進められない一文がありました。それは、硫黄島の戦いで生き残った帝国軍人が青山さんに語った言葉です。その言葉を読んで、私は嗚咽と、全身の震えが暫く止まりませんでした。

私はこの本を読んで、日本独立への戦いの決意を新たにしました。そして一人でも多くの日本人にこの本を読んでほしい。心からそう思いました。

▽【青山繁晴】異論と反論と報道の限界(チャンネル桜)
http://youtu.be/0rQCQs7sD7E



1/28(土)東北復興支援チャリティーコンサートのお知らせ

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

私が昨年11月より奉職する「NPOこの指とまれ大地の会」主催による東北復興支援チャリティーコンサートが近く福岡市にて開催されますので、お知らせします。

この指とまれ大地の会は厳密にはまだ任意団体ですが、本年3月にはNPO法人として認証を受ける見込みです。昨年6月にも第一回のチャリティーコンサートを開催しています。その時は私は東北にいたので参加できませんでしたが、今回は事務局として準備を進めています。

このチャリティーコンサートはとくに岩手県の(株)三陸鉄道を支援するものです。入場料は全額同社に寄付されます。最低限かかる運営費用は「がんばろう日本・ふくおか応援基金」から助成を受ける予定です。当日は九州大学のアカペラサークル「HarmoQ」36名が無償で出演し10数曲を歌います。また、福岡大学放送研究部の学生が岩手県出身の作家である宮沢賢治の詩を朗読します。司会者は北九州大学の学生(昨年のミスポート門司!)です。

また、三陸鉄道の復旧状況について私が説明させていただくことになっています。当日お時間のある方は是非ご来場ください!

【東日本大震災】復興支援チャリティーコンサート a cappella(アカペラ)

日時:平成24年1月28日(土)
   14時半開場 15時開始

会場:NBSビル 4階
  (福岡市博多区奈良屋町5−10)
   ホテルオークラ近く
   西鉄バス「博多五町」バス停 徒歩3分
   福岡市営地下鉄「中洲川端」駅 徒歩5分

会費:ひとり1,000円
※会費は全額、三陸鉄道に寄付します。

演目:九州大学アカペラサークル HarmoQ(ハモQ)
   http://www5.hp-ez.com/hp/harmoq/

主催:NPOこの指とまれ大地(つち)の会
  (福岡市博多区博多駅南5−4−1 TEL092−471−8888)

協力:エヌビーエス蝓伸螢圈璽后Ε罐◆璽

詳しくはこちら http://www.facebook.com/konoyubi

新年のごあいさつと平成24年の展望

あけましておめでとうございます!福岡の本山たかはるです。

年越しは高宮八幡宮でご奉仕ですので、少し早めに記事をUPします。

昨年は私の人生にとっても大きな変化の年でしたが、日本、世界にとっても大きな変化の年となりました。ざっと自分のブログの過去記事を読み返してみましたが、まさにめまぐるしい毎日でした。ブログには書けない、苦しいこともたくさんありました。

私の平成23年は選挙で始まりました。4月の統一地方選挙に向けて2月に会社を退職。そして総決起集会の前日に東日本大震災が発生。震災に対して選挙は自粛ムード一色になり、投票率も1割低下し、組織票を持たないわが陣営は惨敗。その後、私はすぐに再就職するつもりでしたが、支援者の縁をいただいて宮城県へ復興支援へ行くことに。最初は支援物資をもってGW明けに、二度目は6月から約1カ月滞在。三度目は11月上旬にかけて1週間滞在。そして福岡へ戻り、老人福祉事業立ち上げをめざす方に誘われ、雇っていただきました。

思えば4月の立候補は実に無謀な挑戦でした。無謀であることは重々承知していました。しかし、やむにやまれぬ戦いでした。負けると判っていても戦いたい、福岡市民に変革を訴えたい。この一念でした。その思いは今も変わりません。時間を1年戻せたとしても、私は同じように戦うでしょう。無駄と分かっても、街頭で訴えるでしょう。

次回の市議選に出るのか、とよく聞かれます。当然、出ますと答えます。もっとも、前回と同じような戦いをする気はありません。次に戦うときは妻がいます。子供もいるかも知れない。支援者の皆様に対しても、負ける戦いをやっては申し訳が立たない。従って、次に私が立候補するときは勝算があるときです。次回の市議選までに当選を見込めるだけの準備をすることが、現在の私の課題です。

むろん、それは容易なことではありません。私にとって政治家になることは目的ではなく、手段に過ぎません。従って、選挙に勝つためだけに行動するということはできないし、したくないのです。前にも書きましたが、市議になろうとなるまいと、基本的に私の行動は変わりません。やるべきことをやる、ただそれだけです。市議になったほうが動きやすいし、影響力が大きいというだけのことです。

3年後のことはわかりません。もし私にまだ天命があるならば、私は躊躇せず戦うことでしょう。しかしその前に、日本や世界は大きな動乱の時代を迎えることになるかも知れません。平成24年は、さらなる変化の年となることでしょう。われわれは覚悟せねばなりません。

私は今年、老人福祉事業立ち上げのために全力を注ぎます。そして妻を娶り家庭を築きます。さらに、まったく新しい国民運動を同志たちと立ち上げたい。それは、日本の独立をめざす運動です。今年こそは、日本が独立へ向けて動き始める年にしたい。そのためにも、私たち一人ひとりの国民が独立せねばなりません。

最後になりましたが、平成23年は非常に多くの皆様にご支援を賜りました。ここに厚く感謝御礼申し上げます。法律の規定により、年賀状を出すことができないこと、何卒ご容赦下さい。年賀状を下さった方に対しては、自筆にて返礼させていただきます。若干時間がかかりますこともお許し下さい。

本年は皆様にとって飛躍の年でありますことを念願し、新年のご挨拶とさせていただきます。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

     平成24年元旦 本山貴春 拝

朝鮮半島の危機を変革の好機に

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

12月14日、韓国の反日団体が日本大使館前に慰安婦像を設置。17日に韓国大統領が来日し首脳会談を行うも慰安婦問題を巡って日韓の対立が表面化。そのような中、19日に北朝鮮の独裁者・金正日の死去が公表されました。朝鮮半島を中心として東アジアは一挙に緊迫度を増しており、市場も即座に反応してアジア株が全面安となりました。

12日には韓国の海上警察官が違法支那漁船の取り締まり中に殺害され、支韓の対立も激化していました。わが国でも支那漁船の違法操業が問題となっていますが、韓国に比べると政府の対応はあまりにも「事なかれ主義」であると言わざるを得ません。韓国の慰安婦像設置などは、歴史論争以前の問題であり、国家に対する侮辱とさえ言えます。

金正日の死去は近い将来必ず起こることとして予測されていたことで、いまさら驚くことではありません。しかしどうも日本政府の反応は相変わらず事なかれ主義で、脅えて息を潜めているばかりのように見えます。このまま朝鮮半島を中心に国際情勢が悪化すれば、日本国内にも甚大な影響を及ぼすことでしょう。

もしわが国が主権国家であれば、逮捕した支那人船長を無罪放免することはなかったでしょう。

もしわが国が主権国家であれば、大使館前に国辱的モニュメントを作った韓国から大使を召還したでしょう。

もしわが国が主権国家であれば、金正日に天寿を全うさせることはなかったでしょう。

これから北朝鮮において権力継承がスムースに行われるかわかりません。支那においてはバブル崩壊も囁かれており、もし現実となれば日本経済にも大きな影響があるでしょう。まさに一寸先は闇です。

このようなときに、嵐が過ぎ去るのを身を低くして待つばかりの従来の姿勢では、われわれはこの危機を乗り越えることはできないでしょう。むしろこの危機を好機として、国内の変革を断行し、自らの頭で考え行動する国家へと脱皮せねばなりません。そしてそのような変革を担う政治勢力は国会に存在しません。いま衆院を解散したところで、そのような政治勢力の台頭を期待することもできません。

私たち一般国民が国家的危機に身をさらすことによって、初めて危機を乗り越える勇気が生まれます。恐れず怯まず、日本を強くしましょう。

苦しい時期だからこそ果敢に立ち向かおう

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

昨日、12月8日は大東亜戦争開戦から70周年の日でした。先の大戦について、私も記事を書こうかと思いましたが止めました。この頃あまりに考えることが多く、趣旨がまとまらなかったからです。

黒船来航から大東亜戦争まで88年。そしてその開戦から70年。思えば、近代から現代に至るわが国の歩みは苦難に満ちたものでした。私たちはまだまだ先人のことをよく知らないし、よく理解できていないのかも知れない。大東亜戦争に対する歴史的評価も定まってはいません。

TPPの議論を見ていても、原発に関する議論を見ていても、どうも日本人は後ろ向きです。私はTPP推進論者ではありませんが、「内向きな発想」にも全面的には賛同できない。私は日本独立派を自負していますが、TPPがアメリカによる陰謀という説に素直に肯くことができない。むしろアメリカは日本を見捨てようとしているのではないでしょうか。

さて、宮城県は震災復興計画の策定にあたって漁港の集約を打ち出しました。優先的に復旧させる漁港を選定し、より効率的な復旧復興をめざすそうです。それはそれで苦渋の選択であり、合理的な判断かも知れません。しかしそれよりも、私が危惧することは心理的な影響です。

今年三度に亘って被災地を訪れ、ボランティア活動に従事しました。そしてほぼ素通りでしたが、東京や各都市へも行きました。また九州でもいろんな話を見聞きしました。その中で私が予感したことは、このままでは日本全体が「被災」するだろうということです。

これは東日本大震災だけが原因ではありません。むしろ東日本大震災が引き金となって、日本が後戻りできない衰退に急降下するだろうということです。民主党の政権運営を見ていても、これまで日本社会を支えていた神話のようなものが音を立てて崩れている、むしろ国民の間に諦めの雰囲気が漂っているように思えるのです。

そのことは、先日の大阪府知事&市長選でも表れています。私は基本的に橋下改革を支持しています。しかし橋下氏を支持した有権者のどれだけの人々が、そこに希望を見ているのかも疑問です。少なくとも変革を託す指導者を得た大阪の人々は幸せなのかも知れない。それに引き替え、わが福岡市長は自らの一年目に120点と自己採点した。彼は本当に市民の期待に応えているでしょうか。

話があちこちに飛びます。私は、私が春の選挙戦を通じて訴えた通りに日本が苦難の道に向かっていると考えています。もし私が奇跡的に市議会議員になれていたとしても、この流れに抗うことはできなかったかも知れない。そこで思うことは、私が市議になろうとなるまいと、私がやるべきことは変わらないということです。

私は落選後、社会起業の道を模索していました。その中で東北へも行かせてもらいました。そして11月から、福祉事業の新規立ち上げスタッフとしてお誘いをいただきました。いまはそのお誘い下さった方の許で働いています。来年には介護の事業を開始すべく、準備に奔走しています。将来的には老人・障碍者・子供の福祉に関する事業を展開し、地域共同体の再生を図るネットワークを構築したいと考えています。

その中で、介護保険制度にまつわる問題点も改めて見えてきました。一般的に考えられている以上に、いま日本は危機的です。しかしだからといって悲観する必要はありません。目の前にある苦難を知って初めて、人はそれを乗り越える決意を持つことができるからです。

先日、大分県護国神社に行った際、特攻隊の遺書や遺影を目にしました。いままた思い返します。若き特攻隊員たちはどのような思いを抱きながら死んでいったのだろうかと。まさに自己の国家が滅亡しようという時に、何を願ったのだろうかと。彼らの目はいつみても澄みきって、強い意志を秘めているように見えます。

私はこの日本という共同体を守りたいと決意して政治を志しました。果たして次回の福岡市議選に再挑戦して議員になれるかどうかまったく判りません。しかし少なくとも、これからの数年間を政治家になるためだけに費やすことはしたくない。いまやるべきことをやる。これが私の生き方です。

大分憂国忌にて西村真悟前衆院議員が講演

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

本日は福岡黎明社の皆さんと伴に、大分護国神社で開催された第10回大分憂国忌に参列して来ました。大分護国神社は初めて参拝しましたが、休日ということもあって七五三の家族連れで賑わっており、とても良い雰囲気の神社でした。

大分憂国忌は福岡憂国忌に倣って10年前に地元のお医者さんが始められました。神事・式典ともに厳粛に行われ、主催者の皆様の熱い想いが充分伝わるものでした。

さて今年の大分憂国忌ではおなじみの西村真悟前衆院議員が講師を務められました。今回のご講演はいつもにまして情熱的なもので、非常に感銘深い内容でしたので、以下にメモを記録しておこうと思います。なお、以下の講演メモは私が採ったものですので、文責は私にあります。間違いや読みづらい点があるかと思います。あしからずご了承下さい。

わが国の主権について

現在わが国には主権がない。日本国憲法の無効を宣言せねば主権を回復したとは言えない。主権とは天皇大権(軍の編成権・統帥権・戒厳令の大権)のことである。三島・森田は死に際して天皇陛下万歳を叫んだ。攘夷にせよ開国にせよ、明治維新が成功したのは勤王があったからである。

日本国憲法は内容的に無効である。この「憲法」には「ネズミは象である」というようなことが書いてある。誰も大人になってきちんと憲法前文を読んだとは思えない。きちんと読めばこの「憲法」が無効であると判る筈だ。憲法前文の第一段と第三段には「日本国民は自己の政府を信頼せず、諸国民(外国)を信頼せよ」という趣旨のことが書いてある。第二段には「人類普遍の原理として、天皇否定」が書いてある。これは広島平和記念公園の「安らかにお眠り下さい。過ちはくりかえしませぬから」という碑文と同じ意味である。この碑文は、「再び日本が過ちを繰り返したならば、原爆を落とされても良い」という意味になる。実際に中国は、日本に対しては人口消滅のための核攻撃を想定している。日本国憲法前文と広島の碑文はかくも危険なものだ。民主党政権下、中国は尖閣・沖縄を抜けて沖ノ鳥島まで原潜を進出させた。これは対米核攻撃能力を備えるとともに、対日核攻撃能力を備えるものである。

日本国憲法は形式的にも無効である。帝国憲法の改正条項は「天皇が摂政を置くときの憲法改正を禁止」している。占領下の憲法改正はこれにあたる。また、国際法も占領下の憲法改正を禁止しているので無効である。

日本国憲法を護持するのは敗戦利得者だ。憲法無効を唱えると「右翼反動」というレッテルを貼られる。「右翼反動」とはスターリンが政敵を粛清するときに使用したスローガンだ。戦後日本はスターリニズムに支配されている。

しかし東日本大震災において、天皇陛下は直接国民にお言葉を述べられ、被災地を巡幸された。これは日本国の統治者、最高の危機管理責任者としてのお言葉であり行動である。これこそが戦前戦後を貫く国体を顕現したものだ。このとき史上初めて、陸上自衛隊指揮官の敬礼を(正対して)受けられた。これは非常に重要なことだ。

東北三県の被災者の姿は、沖縄戦における沖縄県民の姿に通じるものがある。東北被災者も沖縄県民も、危機に対して雄々しく立ち向かった。日本は変わっていない。

わが国の歴史について

われわれは歴史を取り戻さねばならない。それは日本民族の家族のような歴史、万世一系の皇室を戴く歴史である。中でも大東亜戦争の歴史は封印された。イスラエルの例に倣うならば、沖縄や硫黄島は日本の聖地である。そして日本は台湾の主権も放棄していない。『蛍の光』の第4番に、日本の正しい国土が歌われているが、われわれはこの歌も奪われたままだ。民主党が進めるTPPは日本の稲作を破壊する。日本を破壊するものである。

忠臣蔵も封印された歴史かも知れない。何故、浅野内匠頭は吉良上野介に切りかかったのか。浅野家赤穂藩は勤王家・山鹿素行の教えを受けている。山鹿流兵法は孫子の兵法と異なり、兵を持って秩序を作ろうとする。だまし討ちを嫌うものである。また、高家・吉良の役割は何であったか。徳川幕府は皇室を疲弊させ、諸大名と絶縁させる政策を採っていた。高家が朝廷の権威を貶める意図を持ったことも予想できる。そこで勤王家としての教育を受けた浅野が、そのような態度をとった吉良に殺意を覚えた可能性があるのではないか。浅野が吉良を殺す公的な理由があったとしたなら、その遺臣がその「公務」を引き継ぐのは当然のことだ。徳川幕府はそのことを隠したのではないか。赤穂浪士はだからこそ討ち入りに際して陣太鼓を叩き、門から入ったのだ。

最後に

われわれ日本は必ず復活できる。このような堕落した戦後社会にあっても、日本には素晴らしい「母親」がいるからである。奇しくも、沖縄戦において司令官が政府に打電した文章と、拉致被害者・横田めぐみさんの母、横田早紀江さんが政府から娘の死を宣告された日に記者会見でとっさに述べた言葉は同じだった。このような国民のある限り、日本はけっして滅びない。私はそのことを確信する。


以上、お話のすべてを記録できていませんし、文章としては飛んでいる部分が多々あるかと存じます。感動してメモの手が止まったところもあります。書き留めることができた部分だけ文字起こししました。

西村先生には久しぶりにお目にかかりましたが、お元気そうで何よりでした。本当に心の優しい、そして情熱的な方だと思います。このような政治家を増やさねばなりません。


▲H23/4/27 被災地巡幸に際して統合任務部隊指揮官(陸上自衛隊東北方面総監)の敬礼を受けられる両陛下

▼蛍の光 フルバージョン 「蛍の光は別れの歌ではない」と西村氏。

螢の光、窓の雪、
書読む月日、重ねつゝ、
何時しか年も、すぎの戸を、
開けてぞ今朝は、別れ行く。

止まるも行くも、限りとて、
互に思ふ、千萬の、
心の端を、一言に、
幸くと許り、歌うなり。

筑紫の極み、陸の奥、
海山遠く、隔つとも、
その眞心は、隔て無く、
一つに尽くせ、國の為。

台湾の果ても 樺太も
八洲の内の、護りなり、
至らん國に、勲しく、
努めよ我が背、恙無く。



▼沖縄県民斯ク戦ヘリ(大田実司令官の電文)
昭和20(1945)年6月6日夜、沖縄の海軍陸戦隊司令官大田実少将は、
海軍次官あてに次のように打電しました。 (文中の□□は、不明部分です。)

発 沖縄根拠地隊司令官
宛 海軍次官
左ノ電□□次官ニ御通報方取計ヲ得度
沖縄県民ノ実情ニ関シテハ県知事ヨリ報告セラルベキモ県ニハ既ニ
通信力ナク三二軍司令部又通信ノ余力ナシト認メラルルニ付本職県
知事ノ依頼ヲ受ケタルニ非ラザレドモ現状ヲ看過スルニ忍ビズ
之ニ代ツテ緊急御通知申上グ
沖縄島ニ敵攻略ヲ開始以来陸海軍方面防衛戦闘ニ専念シ県民ニ関シ
テハ殆ド顧ミルニ暇ナカリキ然レドモ本職ノ知レル範囲ニ於テハ県
民ハ青壮年ノ全部ヲ防衛召集ニ捧ゲ残ル老幼婦女子ノミガ相次グ砲
爆撃ニ家屋ト家財ノ全部ヲ焼却セラレ僅ニ身ヲ以テ軍ノ作戦ニ差支
ナキ場所ノ小防空壕ニ避難尚砲爆撃ノ□□ニ中風雨ニ曝サレツツ乏
シキ生活ニ甘ンジアリタリ而モ若キ婦人ハ卒先軍ニ身ヲ捧ゲ看護婦
烹炊婦ハ元ヨリ砲弾運ビ挺身切込隊スラ申出ルモノアリ所詮敵来リ
ナバ老人子供ハ殺サルベク婦女子ハ後方ニ運ビ去ラレテ毒牙ニ供セ
ラルベシトテ親子生別レ娘ヲ軍衛門ニ捨ツル親アリ
看護婦ニ至リテハ軍移動ニ際シ衛生兵既ニ出発シ身寄無キ重傷者ヲ
助ケテ□□真面目ニシテ一時ノ感情ニ駈ラレタルモノトハ思ハレズ
更ニ軍ニ於テ作戦ノ大転換アルヤ夜ノ中ニ遥ニ遠隔地方ノ住居地区ヲ
指定セラレ輸送力皆無ノ者黙々トシテ雨中ヲ移動スルアリ是ヲ要ス
ルニ陸海軍□□沖縄ニ進駐以来終止一貫勤労奉仕物資節約ヲ強要セ
ラレツツ(一部ハ兎角ノ悪評ナキニシモアラザルモ)只管日本人ト
シテノ御奉公ノ護ヲ胸ニ抱キツツ遂ニ□□□□与ヘ□コトナクシテ
本戦闘ノ末期ト沖縄島ハ実情形□一木一草焦土ト化セン糧食六月一杯
ヲ支フルノミナリト謂フ沖縄県民斯ク戦ヘリ

県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ


▼H14/9/17 家族会記者会見における横田早紀江さんの言葉

今日、思いがけない、情報でほんとにもう、びっくりいたしましたけれど、あの国のことですから、何か一生懸命に仕事をさせられている者は簡単にだせないと、いうことだろうと私は思っております。絶対にこの何もない、いつ死んだかどうかもわからない様な、そんなことを信じることはできません!そしてこれまで長い間、ほんとにこのように放置されてきた、日本の若者達のことを、どうぞ皆様方もこれからほんとに真心をもって報道してください。日本の国のために、このように犠牲になって苦しみ、また亡くなったかもしれない。若い者たちの、心の内を思ってください。そして、このようなことですけれども、私達が一生懸命に支援の会の方々と力を合わせて、戦ってきたこのことが、こうして大きな政治の中の大変な問題であることを暴露しました。このことはほんとに日本にとって大事なことでした。北朝鮮にとっても大事なことです。そのようなことのために、ほんとに、めぐみは犠牲になり、また使命を果たしたのではないかと私は信じています。いずれ人は皆、死んでいきます。ほんとに濃厚な足跡を残していったのではないかと私はそう思うことでこれからも頑張ってまいりますので、どうかほんとに皆様と共に、戦っていきたいと思います。ほんとに、めぐみのことを愛してくださって、いつもいつも取材して下さって、めぐみちゃんのことをいつも呼び続けてくださった皆様に、また祈っていてくださった皆様に心から感謝をいたします。まだ生きていることを信じ続けて戦ってまいります。ありがとうございます。

大阪市長選挙、橋下徹に清き一票を!

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

大阪府知事、大阪市長選挙が11月27日に投開票となります。今回のダブル選挙は、ネット選挙の観点からもおおいに話題になっているようです。以下、複数の記事を引用します。

ネット上で選挙違反続出? 告示後も続く様々な書き込み

 27日投開票の大阪府知事・大阪市長のダブル選に向け、短文投稿サイト「ツイッター」上に、特定候補に対する支持、不支持の態度や演説会に日程などが書き込まれ、選管に違法性を確かめる問い合わせが相次ぐ事態になっている。手軽に扱えるメディア「ツイッター」を含めたインターネットのメディアに対する法整備は、民主党の首相交代劇の影響などもあって後手をふんでいる。一方、これまで積極的にネット上で発信してきた陣営は一斉に声を潜めており、選挙への関心を高めるという視点からは、ちぐはぐさばかりが浮き彫りになっている。

 「演説会の日時をツイッターに書き込んでいる。選挙違反じゃないのか」

 10日の知事選告示以降、府選管には連日そうした問い合わせが寄せられているという。ほかにも特定候補を批判したり、逆に賛美する内容のものも。「自分1人だけでも毎日5件は問い合わせがある」と担当者。

 公選法は、法定ビラなどを除く「文書図画」の配布を禁じており、ネット上の文字や写真も該当する。候補者本人に限らず、選挙期間中にネット上で特定候補への投票を呼びかけたり、演説会日時を告知することは本来「違法」だ。

 しかし、取り締まりを行うのは警察ということもあってか、選管の担当者も「一つひとつの発言が『投票を呼び掛ける』と認定できるのか。過去に参考となるような摘発例も把握しておらず、判断が難しい」と頭を悩ませる。

 一方、今回のダブル選に出馬した主要の5候補は、いずれも告示前にツイッターなどを開設。積極的に情報発信してきたが、府知事選告示の前日、9日に書き込みをストップ。多い日で1日100回以上も投稿、告示後の投稿も示唆していた市長選候補の前知事、橋下徹氏(42)はもとより、現職の大阪市長、平松邦夫氏(63)、知事選に立候補した大阪維新の会幹事長、松井一郎氏(47)、10月下旬にツイッターを始めたばかりの前池田市長、倉田薫氏(63)も停止。わずかに知事選に弁護士の梅田章二氏(61)を擁立した共産系の政治団体が、音声での選挙運動を禁じていない公選法の“隙間”を突いて、告示日の10日に音声データをアップしたくらいにとどまる。

 与野党は昨年の参院選前、候補者と政党によるブログなどの更新に限り認めることで合意したが、首相交代による国会日程のずれ込みで法改正は先送りされたまま。陣営や選管関係者の間から「公選法が現状に合っていない」との批判が相次いでいる。

http://sankei.jp.msn.com/region/news/111118/osk11111817010008-n1.htm

大阪ダブル選、「ネット選挙」野放し…公選法追いつかず

 激戦の大阪ダブル選(27日投開票)で、インターネットに候補者の政見放送や街頭演説の様子が流出するなど、公職選挙法で想定していなかった事態が起きている。候補者がネット利用を控えても、陣営関係者が個人演説会の予定を書き込む例も。法整備が遅れるなか、じわじわと「ネット選挙」が進みつつある。

 「知事をやってほしい」「説得力がある」――。

 大阪府知事選の告示後、候補者7人の政見放送が動画サイトに投稿され、閲覧者の書き込みが相次ぐ。ある候補者の映像はネット上で話題を呼び、アクセス数が30万件を超えた。

 現行の公選法では、テレビの政見放送は1人5回と定められている。告示後に配布できる「文書図画」はビラやはがき、マニフェスト(公約)に限られ、ネットによる選挙運動は一切禁じられている。

 こうした状況について、府選管も「法律に照らせば違法」と認めつつも、「投稿者の特定は難しい」として野放し状態だ。ネット上では、大阪市長選の候補者の街頭演説の様子も複数投稿されている。

 ネット利用を自粛する候補者に代わり、議員らが発信する例も見られる。

 「○日○時より△△の個人演説会を実施します」

 ある大阪市議は、応援する候補者の演説会の予定を自身のホームページで告知。市選管は「特定候補への投票を呼びかける選挙運動にあたるとみなされれば、公選法違反」としているが、有権者が演説の感想などをネット上でつぶやくことは、選挙運動と見なされない限り摘発は難しく、線引きはあいまいだという。

 ネット選挙の実情に詳しい松原聡・東洋大教授(経済政策)は「与野党ともネット選挙の解禁で一致しているのに、政局の混乱で法改正が見送られ、現実とのズレが鮮明になっている。違法状態が続くのは政治の怠慢だ。ルール作りを急いでほしい」と話している。

http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20111122-OYO1T00768.htm?from=top


一時は橋下前府知事が週刊誌のバッシングに対してツイッターで選挙期間中に反論するという発言もありましたが、実現はしていないようです。他、大阪府知事選については全候補者の政見放送がYoutubeに公開されています。



私は繰り返し主張して来ましたが、選挙におけるインターネットの利用は違法ではありません。公職選挙法にはインターネットに関する規定はなく、立法目的に照らしてもインターネット選挙に違法性はありません。にも関わらず、かように執拗に警察が警告を繰り返すことは、選挙妨害の疑いがあります。インターネットにおける選挙活動を阻害することは、わが国の民主主義の発展を阻害するものとも言えます。

わが国の検察は、被告人を有罪にできる可能性の低い公訴を行わない傾向があります。これまで、ネット選挙に関して公訴に至った例はありません。そして私ほど、露骨にインターネット選挙を展開した例はありません。もし私が不起訴となれば、事実上のインターネット選挙解禁ということになります。

これから後、あらゆる公職選挙に立候補する皆さんは、選挙中であろうとなんであろうと、自らの主張と行動をインターネット上で情報公開することが道義的責任となります。そうなった時、日本の政治は変わるかも知れません。


JUGEMテーマ:選挙


第41回福岡憂国忌、盛大に開催。



皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

かねてお知らせしておりました通り、去る11月23日(祝日)に福岡市東区の福岡リーセントホテルにて第41回福岡憂国忌が開催され、500名近くの方が参列くださいました。内、国会議員や地方議員も総勢20名ほどお見えになりました。記念講演では元海上保安官の一色正春氏が「尖閣を守れ!―海上保安官の使命と誇り」と題して、領海警備の現状などについて解りやすくお話されました。

福岡憂国忌は例年、筥崎宮の参集殿で開催されますが、今年はYoutubeへの支那漁船衝突映像公開で一躍有名になったsengoku38こと一色正春氏が講師ということで、より広い会場として福岡リーセントホテルになりました。しかし、実際にはさらに予想を上回る入場者で立ち見も出るほどでした。長時間立ったまま講演を聞いていただいた皆様には申し訳なく思います。ホテル側にもあるだけ全ての椅子を出していただいたようです。

一色氏のお話の中で改めて解ったことは、わが国は領海警備ができていないということです。尖閣ビデオが撮影された当時も、周辺海域には100隻以上の支那漁船が航行しており、内30隻が日本領海に侵入して漁を行っていました。それに対しわが海上保安庁はわずか4隻程で退去警告を行うのみ。それが慣習化していたというのです。そこで何故か支那漁船が意図的に衝突してきた、そこで初めて拿捕・逮捕、ということになります。

わが国の法律では海上自衛隊が領海警備を行うこともできません。普段の海上パトロールは、研究調査という名目で行っているそうです。従って領海警備はわずかな人員しかいない海上保安庁が担うことになります。現実問題、尖閣諸島沖の海の支那漁船は野放し状態です。そのような実態が日本国内でほとんど知られていない、あるいは関心が薄いという問題もあります。

一色氏は最後に、「政治の不甲斐なさを政治家のせい、マスコミのせい、他人のせいにしてはならない。政治が悪いのは私たち一人一人の国民に責任がある」という主旨のことを仰いました。まさしくその通りだと思います。

今年の福岡憂国忌は過去になく盛大なものとなりました。これもひとえに、支援者の皆様のお陰です。実行委員の一人として、深く感謝御礼申し上げます。私は三年連続で司会を務めさせていただきましたが、憂国忌の度に大きなエネルギーをいただいている気がします。私がもっとも尊敬する歴史上の英雄・三島由紀夫の祭典に携わることができ、これに勝る喜びはありません。

また一年間、三島由紀夫の精神を思いつつ精進致します。まことにありがとうございました。

ネット選挙に関する書類送検について

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

11月8日付けの西日本新聞夕刊にて、私が公選法違反容疑で書類送検された旨の報道があったらしく、新聞各社より多数の電話取材を受けました。記事は確認できていませんし、警察からの連絡もありませんが、この機会に改めて私の考えを申し述べます。

過日、福岡県警より任意聴取の要請があり、私は調書作成に協力しました。その際にも述べましたが、以下に整理しておきます。

1 公選法はインターネットの出現を想定していない。

2 法律に規程がない場合、立法目的に照して解釈するのが法律論の常識。

3 公選法の文書図画に関する規制は公正な選挙の実現をめざすもの。

4 選挙におけるインターネットの利用は公正な選挙を阻害せず、むしろ資する。

5 従って総務省及び警察の解釈は誤り。

以上が従来からの私の考えであり、自ら立候補した際に持論を貫いたまでです。

行政が法的根拠なく選挙陣営に警告を繰り返すことは、選挙妨害になる可能性すらあると考えています。総務省の見解も年を追って変化していますし、警察の解釈も自治体によってバラバラです。

もし裁判で決着をつけることができるなら、わが国の民主主義に大きく貢献することになります。しかし鹿児島県阿久根市長選挙における竹原氏のブログ更新について検察が「違法性を認定するが不起訴」とした例もあります。これは被疑者の「裁判を受ける権利」を奪うものです。

このような、不当に強大な行政の裁量は認められるべきではありません。違法か合法か、最終的に判断するのは裁判所です。

過去、私ほど明確にインターネット選挙を展開した例はありません。もし不起訴になれば、事実上のインターネット選挙解禁ということになるでしょう。

以上が書類送検にあたっての私の見解です。なお、報道関係者の方で取材を希望される場合は公式サイトのメールフォームよりご連絡ください。誠意をもって対応させていただきます。

宮城復興支援活動を終えて

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

国際協力NGOフリーピースのメンバーとして、合計3回にわたり宮城県を訪問し、支援活動を行いました。今回の第三次宮城復興支援活動をもって、一応の区切りがついたことになります。今後は現地のボランティアと連絡をとりながら、この福岡でできることを中心に支援活動を継続したいと考えています。また近い将来、今度は観光という形で南三陸町を訪問できればと思います。

フリーピースによる宮城復興支援活動には、福岡内外の実に多くの方々がご協力下さいました。この九州・福岡の人々の温かい思いを、少しは東北に伝えられたのではないかと思います。ほんとうにありがとうございます。

今回、私たちは約1週間現地で活動したわけですが、南三陸町の中でも歌津地区の寄木漁港を中心に活動することになりました。前回は避難所から仮設住宅に移る時期で、それらへの物資運搬や仮設住宅補修工事が中心だったわけですが、今回はより前進し、現地の人々の雇用確保のための支援活動となったわけです。

このような活動の転換(ニーズへの柔軟な対応)ができたのも、現地に移住してボランティアを続けている宮城復興支援センターのメンバーのおかげです。私たちが「棟梁」と呼んでいる大工の岡部くんは地元の人からの信頼が厚く、彼も積極的に外部に情報を発信して真に必要な支援に繋げようと努力しています。

7月中旬に第二次宮城復興支援活動を終えて帰る時も感じていたことですが、これから被災者支援のために必要なことは経済活動を「復旧」させることです。今回、寄木漁港の漁師さんたちと交流してわかったことは、この復旧がかなり難しいということです。たとえば漁船を新たに建造する場合、公的支援(無利子無担保の貸し付けなど)があるわけですが、漁船の建造費用が震災前に比べて高騰しているため、実際の自己負担金額は公的支援を受けたとしても震災前に漁船を新造した場合と変わりません。その他、漁具や加工場も圧倒的に足りません。

これら第一次産業の復旧に必要な資金は公的機関への寄付だけでは支援が行き渡らず、地区単位での積極アピールに迫られています。

被災地の抱える困難はより深刻で複雑になりつつあります。今回の活動でそのことがよくわかりました。

これからも被災者の声を伝え、早く自立ができるようにできる限りのことをしていきたいと思います。

ただ耐えるのではなく、打開するために足掻くべきとき!

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

いよいよ今週末より、三度目の宮城県入りとなります。災害ボランティアとして現地で活動できるのは、おそらく今回が最後になります。資金的な面でも厳しいですし、現地でのニーズが短期よりも長期ボランティアに変わりつつあるからです。実際、宮城で知り合ったボランティアの中には関西から移住してしまった人もいます。

今回はより多くの人に参加を呼びかけて、延べ9日間宮城県南三陸町で仮設住宅補修工事やゴミ置き場の清掃、半壊家屋の解体支援などを行う予定です。また、今後の長期的支援(南三陸町物産の販路拡大など)についても打ち合わせて来たいと思っています。

定員にまだ若干余裕がありますので、興味のある方は是非お問い合わせ下さい。

▽一緒に東北へ行こう!九州からのボランティア募集
http://motoyama.sejp.net/?eid=1025870

さて最近思うことは、とくに9月あたりから不況が強まったのではないかということです。地元の人々に話を聞く限り、そのような実感があります。飲食業界でも建設業界でも、極めて厳しい情況にあるようです。もちろん震災の影響もあるのでしょうが、私は個人的に「野田不況」ではないかと思っています。野田内閣は9月2日に成立しましたが、この内閣の特徴は始めから「増税路線」でした。野田氏の持論もそうですし、財務省の強い支持を受けていたと言われていることからも明らかです。

民主党政権は震災から半年経ってようやく復興増税を言い出したことになりますが、タイミングとしても内容としても最悪の選択になりそうです。私は震災直後から、いずれ復興費用は足りなくなるので増税か国債発行が必要になる、その場合を見越して被災自治体以外の自治体が自主的に「法定外目的税」を個別に創設してこれに補填すべきだと主張し、市議選でも訴えました。残念ながらこの主張を浸透させることはできませんでしたが、この提案がどこかの自治体で採用されていたならばまったく違った結果になったと思います。

いま震災復興を名目として(その実は財務省の長年の念願として)増税する、しかも所得税と法人税を増税することは、不況を悪化させることにしかなりません。もし増税するにしても、国会議員定数と国家公務員数を大幅削減するなどの歳出削減を同時に実行せねば国民は納得しないでしょう。

新内閣の身勝手な増税論議の当然の結果として、巷では財布の紐を縛ることとなったのです。企業の設備投資も個人の消費も冷え込んだままとなります。さらに年金受給年齢引き上げなどという話が出るに至っては、高齢者はますます守りに入ることでしょう。さらに野田首相は安全運転といいながら、諸外国に対して荒波を立てないがために譲歩につぐ譲歩を実行中です。対米追従の度合いなどは自民党政権そのものです。

政治の機能停止」はいまに始まったことではありませんが、この情況にあってわれわれ国民は耐えることしかできていません。まさに忍耐強さことが日本人の美徳です。しかしいくら耐え忍んだところで、いつか嵐は過ぎ去るのでしょうか?私はそうは思えません。嵐が過ぎ去ったとき、日本国民はすべてを失っていた、では話にならないのです。

この圧倒的に不利な情況においてバタバタと足掻(あが)くこと、無駄と思っても諦めずに抵抗することがいま必要なのです。その足掻きが、日本の潜在的成長力を蘇らせます。すぐに結果はでないでしょうが、いつか必ず光が見える筈です。「がんばろう日本」という言葉が「みんなで耐え忍ぼう」という意味であってはならないと私は思います。この歴史的危機にあたって、積極果敢に攻めることが必要です。

それは、古い制度を改め、アンフェアな利権を断ち、固定観念を捨て、大変革を実現する。そのために自らの弱い心と戦うことに他なりません。

一緒に東北へ行こう!九州からのボランティア募集

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

さてだんだんと寒くなって来ましたが、私の所属する国際協力NGOフリーピースは10月末から11月初旬にかけて、ふたたび宮城復興支援活動のため北上します。今回は広く参加者を募っていますので、九州の方は是非ご検討下さい。(私ももちろん行きます)

私たちの主な活動は宮城県南三陸町の仮設住宅まわり(工事補助、清掃など)です。とくにこれから冬になりますので、仮設住宅の寒さ対策ができているか確認しておく必要があります。また被災者の心理としても半年以上経ってケアが必要な段階に入っています。

前にも書いたかもしれませんが、九州の人間が東北の復興支援活動に直接行くことは、日本としての一体感を持続するうえで極めて重要です。福岡からだと東北は韓国よりも遠い。それでもわれわれが東北に行くのは日本人だからです。外国にも助けてもらっている以上、われわれ日本人ががんばらねばなりません。

フリーピースではこの週末2日間(10/9・10)福岡市南区でフリーマーケットを開催します。この収益も宮城復興支援活動に充てられます。

[NGOフリーピース] 宮城県南三陸町復興ボランティア大募集!

国際協力NGOフリーピースは、東日本大震災発生以降、福岡市内を中心として街頭募金活動や各種チャリティーイベントの開催など復興支援活動を展開して参りました。

また、5月には7名の有志によって宮城県仙台市と南三陸町に救援物資を運搬、6月には職員を一ヶ月間現地に派遣し支援活動と情報収集活動を実施しております。

そして今回は、福岡市が主導する「がんばろう日本・ふくおか応援基金」の東日本大震災活動支援事業助成対象団体として認定され、3度目の現地活動が可能となりました。

あなたもこの機会に現地を訪れ、震災の傷跡を目の当たりにしませんか?そして九州からの支援のこころを、被災者の皆さんに伝えましょう。

第一陣
10月29日(土)午前9時出発(車移動)
11月2日(水)仙台空港より福岡空港へ(空路)

第二陣
11月2日(水)福岡空港より仙台空港へ(空路)
11月6日(日)正午帰福(車移動)

日程 4泊5日

参加費 1人3万円
※福岡‐仙台間片道交通費は別途実費(空路で2〜3万円)
※移動中の食費は各自実費

募集定員 合計12名
※申込多数の場合は面談によって決定

活動内容
・仮設住宅戸別訪問
・仮設住宅補修工事補助
・仮設住宅清掃、消毒
・支援物資運搬
(女性でもできる軽作業です)

宿泊先 宮城復興支援センター登米支部(宮城県登米市鱒淵保育園跡)

お申込み先 国際協力NGOフリーピース
福岡市博多区奈良屋町5−10 NBSビル5F
Tel 092-262-2360/Fax 092-283-8430

元海上保安官・一色正春氏来る 【11/23 福岡憂国忌】

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

私も毎年参加している福岡憂国忌(三島由紀夫・森田必勝両烈士慰霊祭)の記念講演講師として、元海上保安官の一色正春氏が決定しました。一色氏が福岡で講演されるのは初めてのことです。



ご存じ、一色正春氏は尖閣諸島沖支那漁船衝突事件に際して、政府が不当に隠匿しようとした事件現場の映像を現役海上保安官でありながらインターネット(Youtube)に公開、後に海上保安庁を退職された方であり、現在はマスメディアを通じて領土問題の重要性を訴えるなど活躍されています。

一色氏の勇気ある行動によって、事件の真相が全世界に知らされることとなり、同時に支那共産党政府の主張の不当性、さらには日本政府の理不尽な事なかれ主義的行動が明らかとなりました。しかしその後も尖閣諸島を巡る情勢は(日本政府の不作為によって)厳しさを増すばかりです。とはいえ、一色氏の行為は全国民に問題の本質を知らしめる結果となり、その功績は見過ごせません。

今回一色氏が講演される福岡憂国忌は、楯の会事件(昭和45年)以降、40年以上にわたって毎年開催されている行事です。三島由紀夫の思想と行動に対する歴史的評価はいまだ定まっていないようにも思われますが、三島由紀夫と学生・森田必勝がその命を賭けて世に訴えた言葉は、こんにちも色褪せることなく、ますます私たちに響くものがあります。

いま日本に足りないものは数あれど、真実を見通す力正しいことを正しいという勇気怯まず行動する情熱、その一つの方法を示してくれたのが一色正春氏です。何かを恐れていては、何事も成すことはできません。是非当日は福岡憂国忌会場にお集まり下さい。



福岡憂国忌のご案内

日時 平成23年11月23日(祭日)午後1時
場所 福岡リーセントホテル 2階 舞鶴の間 ※今年は筥崎宮参集殿ではありません
   (福岡市東区箱崎2-52-1 電話092-641-7741)
会費 2,000円 (学生1,000円)
内容 慰霊祭・式典・記念講演・直会
講師 一色正春氏(元海上保安官)
演題 「尖閣を守れ!―海上保安官の使命と誇り」


大きな地図で見る

九州の空に拉致被害者返せと叫びこだます

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

本日10月2日、救う会九州連絡協議会主催による「北朝鮮人権侵害問題啓発集会」「国民大行進」が開催され、多数の皆さんにご参加いただきました。詳しくは後日、救う会福岡の公式ブログ(sukuukai.jugem.jp)で報告されます。



また、有志の方により集会とデモ行進の様子がニコニコ動画で中継されていました。アーカイブを下記URLにてご覧いただけます。(視聴にはニコニコ動画のIDが必要)

http://live.nicovideo.jp/watch/lv65732722?ref=community
※00:32:20くらいから始まります。



参考記事
▽北朝鮮拉致 福岡で集会 風化危ぶみ「関心持って」(南日本新聞)
http://www.373news.com/modules/pickup/index.php?storyid=35405

毎年主催者や参加者からは「来年はやらずに済むように」という言葉がでますが、どうもめざましい進展は見えて来ません。国会議員や地方議員の参加もありますが、全体からすると極めて少数です。因みに福岡市議は2名が参加されました。内1名は救う会福岡の幹事長です。

よく言われることですが、拉致問題は戦後日本を象徴する事件です。拉致犯罪そのものは、日本一国が被害者なのではありません。しかしそのような国家犯罪を犯した北朝鮮に対する外交政策は、国際的にも際立って異常です。その異常さが、戦後日本の戦後日本たるゆえんと言えるでしょう。領土問題でも同じですが、「主権」が侵される事態にあってなんら対処することができない国というのは、独立国家ではありません。

国家の主権が確立できていないということは、民主主義でいう国民主権も確立できていないということです。何故なら日本は明治以来「国民国家(Nation-State)」だからです。国民主権が確立していない以上、日本の民主主義は機能していないということになります。

つまり、拉致問題を解決できない、拉致被害者を救出できない以上、現日本政府には統治者としての正統性がないということです。増税が議論されているところですが、拉致問題ひとつとっても日本国民は政府に反乱を起こす充分な理由があります。

犯罪者・金正日を国際手配せよ!

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

国際指名手配.jpg

先日、産経新聞のニュースで警視庁公安部が金正日の側近を国際手配検討と報じられました。

北朝鮮による拉致事件では北朝鮮工作員ら計11人が国際手配されているが、姜元副部長が手配されれば最高位の高官となる。警察当局は今後、外交ルートを通じて北朝鮮側に身柄引き渡しを求める方針だ。(引用)

▽原さん拉致 金総書記側近を国際手配へ 警視庁公安部
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110929/kor11092910330000-n1.htm

民主党政権になってからも拉致問題はまったく進展が見られず、政府与党にその意欲も見えないことから、拉致被害者家族会や救う会の憤りは募るばかりです。いまの(平成23年9月30日午後15時現在)拉致問題担当大臣は山岡賢次消費者行政担当相兼国家公安委員長(マルチ商法業者からの献金問題で話題)ですが、彼は外国人地方参政権付与賛成派としても知られています。いずれにせよ、野田政権の拉致問題に対する姿勢は知れたものです。

さて、一連の拉致犯罪について金正日の側近が国際手配されるとすれば重大です。かつて小泉首相が訪朝した際に金総書記は拉致犯罪を一部の工作員による英雄主義的行為(つまり暴走)と釈明しました。しかし金正日の「願望」により韓国女優が拉致されるなどの事例もあり、また北朝鮮の国家体制からして拉致工作そのものが金正日の命令であることは明らかです。

従って、今後わが国政府は拉致問題解決のために金正日を国際手配し、北朝鮮政府に金正日の身柄引き渡しを要求せねばなりません。そして同時に、中東で拡大する民主化運動を北朝鮮国際にも飛び火させる工作をすべきでしょう。金正日体制を崩壊させることは、拉致被害者救出のためだけではなく、北朝鮮の民衆を救うことにもなります。

拉致問題には時間的猶予がありません。政府に決断を迫ることができるのは、国民世論だけなのです。九州近在の皆様は10月2日のデモ行進に是非ご参加下さい。

北朝鮮に拉致された日本人を救出する 国民大行進のご案内
http://sukuukai.jugem.jp/?eid=443
*日 時 平成23年10月2日(日) 13時開会
*場 所 福岡市役所(講堂/15F)、福岡市役所北側玄関〜市役所周囲
*内 容
○第一部 北朝鮮人権侵害問題啓発集会 [13時開会]
○第二部 国民大行進(全行程 1.2km)[14時開会]
*入 場 無 料(どなたでも参加できます)
*規 模 500名
*担 当 松尾 和幸(救う会福岡 事務局長)
〒810-0012 福岡市中央区白金2−4−22[TEL 090(9607)2758]


JUGEMテーマ:北朝鮮


筥崎宮放生会フリーマーケットのご報告

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

前回お知らせしておりましたとおり、9月12日から1週間にわたって筥崎宮放生会で東北支援のフリーマーケットをNGOフリーピース主催にて開催させていただきました。フリーマーケット開催にあたって、支援者の皆様からも多数の物品提供を賜りました。ここに深く感謝御礼申し上げます。

お店の名前は代表理事の発案により「東日本復興支援ショップ・希望の星」となりました。私たちの活動は復興へ対して微々たるものでしかありません。しかしこの九州福岡から復興支援の声を挙げ続けることが大切であり、いつか九州の声が復興の希望の星になるものと考えています。

「希望の星」では宮城県の物産も4点販売。暑さもあって「宮城の伊達なサイダー」が大人気でした。これらの商品は、東京の築地市場にある「緑の駅」でも販売されています。

さいきんは原発に絡む報道ばかりになって忘れられがちですが、津波で壊滅した街々に産業を復興させることが大優先です。そのためにも、これから被災地の物産を販売する活動を続けて行きたいと考えています。

NGOフリーピースでは再度地元博多でフリーマーケットを開催します。放生会へ行けなかったという方は是非ご来場下さい。

博多五町 大感謝フリーマーケット in 奈良屋町

日時 9月24日(土)25日(日)午前10時〜午後5時 
場所 福岡市博多区奈良屋町5−10 エヌ・ビー・エスビル 1F 駐車場

http://free-peace.org/archives/1159

民間主導で進める東日本復興支援を

みなさんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

またしばらくブログの更新が滞ってしまいました。7月に宮城県から帰って以来、継続的な東北復興支援活動のために様々な試行錯誤を続けておりました。8月はまさに目まぐるしい月で、あっというまに過ぎ去ってしまいました。そして落ち着くまもなく、9月もさらに多忙です。

8月より国際協力NGOフリーピースの職員として正式に勤務することになり、復興支援のような社会貢献事業だけではなく、人件費を稼ぐための事業も同時に展開しています。いまのところまだ苦しい経営ですが、一般企業に戻るよりは様々な活動をできる可能性があると思っています。

東北復興支援としては、宮城県南三陸町の海産物を販売したり、ボランティアツアーを企画したり、チャリティパーティーを開いたり、募金活動も継続して行っています。そんな中、支援者の方のご厚意により筥崎宮放生会にフリーマーケットを出店できることになりました。

福岡市民であれば言わずと知れたことですが、筥崎宮放生会には毎年延べ150万人ほどの参拝客が訪れます。私も子供のころから何度も行きましたし、大学生の頃は的屋(テキヤ)のアルバイトもしました。政治運動に身を投じるようになってから筥崎八幡宮とはより深くご縁をいただくようになっています。

その筥崎宮で東北支援のお店を出せるということは本当にありがたいことです。筥崎宮放生会は9月12日(月)から18日(日)までで、お店は朝10時から夜中の零時まで開店しています。一人でも多くの方にお立ち寄りいただければ幸いです。フリーマーケット開催にあたって、フリーピースの事務所がある博多五町周辺に7千枚ほど不用品募集のチラシを配布しました。今日までに非常に多くの方から商品のご提供をいただきました。また、宮城復興支援センターからも築地市場のアンテナショップで売れ筋の商品を委託いただけることになりました。

筥崎宮放生会でフリーピースが得た収益は、宮城復興支援活動に充てられます。すでにフリーピースは、福岡市が主導する「がんばろう日本・ふくおか応援基金」の助成対象団体として、10月に南三陸町で復興支援活動を再開することが決定しています。

ようやく総理大臣は替わりましたが、いまの政治では実質的な復興を期待できません。いま被災地に必要なのは雇用ですが、ようやく瓦礫の撤去が進んだ程度です。いくら瓦礫を撤去しても、残るのは更地だけです。その更地に、いかにして街を再建するのか、政治にも行政にもプランがありません。

だからこそ、一人ひとりでは小さな力ですが、民間が進んで復興支援をすべきです。民間主導の復興支援こそが、日本を変える唯一の道であると確信しています。

[NGOフリーピース] 東北復興チャリティーBBQパーティーのお知らせ

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

東北の被災地から福岡に戻り、それまで以上に多忙な日々を送っておりました。私は当初、復興支援活動を1ヶ月行った後は一般企業に就職するつもりでいました。しかし、何とか福岡からも復興支援活動を継続したいと考え、ボランティアの派遣元となったNGOフリーピースに留まって社会起業することになりました。

まだフリーピースの社会起業は始まったばかりですが、何とか年内に軌道に乗せたいと考えています。

さて、そのフリーピース主催で今週末に東北復興支援チャリティーバーベキューを開催します。直近のご案内となって恐縮ですが、近在で都合のあう方は是非ご参加下さい。参加費の一部は被災地支援に使わせていただくことになっています。

一人でも多くの方にご参加いただき、楽しい時間を過ごせるよう願っております。何卒宜しくお願い申し上げます。


東北復興チャリティーBBQパーティーのお知らせ

日時:平成23年8月26日(金)18時より
場所:福岡市博多区奈良屋町5-10 NBSビル1F
会費:当日券5000円(前売り券4000円)

当日はお肉も野菜も食べ放題
お酒もジュースも飲み放題になっています!
被災地・南三陸町の海産物もご用意しますので、皆さんで楽しみましょう!

※前売り券希望の方は下記事務局までご連絡ください!先着40名様までとなっております。


≪国際協力NGO フリーピース FREE PEACE≫

〒812-0023 福岡県福岡市博多区奈良屋町5 番10 号 エヌ・ビー・エスビル5F
TEL:092-262-2360 / FAX:092-283-8430

宮城復興支援活動、報告会を開催しました。

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

お知らせしていたとおり、去る24日に宮城復興支援活動の報告会を開催しました。そのとき上映したビデオと、報告会の様子を公開しましたのでご紹介します。

▽FREEPEACE宮城復興支援活動ダイジェスト
http://youtu.be/Zi-XC8LOK5o



▽【ボランティア報告会】被災地南三陸町のおはなし
http://youtu.be/nNh-b9ked8E



会場にはおよそ30名の皆様にご来場いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。フリーピースによる報告会は、今後も様々な場所で開催させていただく予定です。

尚、国際協力NGOフリーピースは、東北復興ボランティア活動に関する講師を無償で派遣します。詳しくは下記事務局までお問い合わせください。

≪国際協力NGO フリーピース FREE PEACE≫
〒812-0023 福岡県福岡市博多区奈良屋町5 番10 号 エヌ・ビー・エスビル5F
TEL:092-262-2360 / FAX:092-283-8430


現地の動画は本編をDVDにまとめて販売しています。同じく上記フリーピースにお申込ください。 
・オリジナルDVD 『FREEPEACE宮城復興支援活動』 79分44秒
  販売価格1500円(送料別) ※売上の一部は東日本大震災復興支援活動費に充てられます。

尚、データマックスの山下記者が取材にこられ、動画の中で言及していただきましたので合わせてご紹介致します。

▽【夕刊NET-IB】そげんこつですか!「一定のメド」〜被災地の不満
http://youtu.be/ytRlO9logdg






【報告会】被災地南三陸町のおはなし【7月24日(日)】

来る7月24日(日)に国際協力NGOフリーピース主催による宮城復興支援活動報告会を開催します。入場無料ですので、ぜひ多数ご参加いただきますようお願い申し上げます。

【報告会】被災地南三陸町のおはなし

●内容 :
国際協力NGOフリーピースは、東日本大震災での被災地​南三陸町を支援するため、現地出張所を宮城県登米市に開​設いたしました。今回は、現地所長として約1ケ月に渡り​、宮城復興支援センターと連携して、被災地での支援活動​を通して感じた現地の様子や被災者との交流での思い出な​どをお話させていただきます。今後、現地でのボランティ​ア活動をお考えの皆様にも現地の最新の様子がわかる貴重​なお話が聞けますので、ぜひこの機会にご参加ください。​どうか、多数の皆さまのご参加をお待ちしています。

●日時 : H23.7.24(日) 16:00〜18:00

●場所 : 福岡市博多区奈良屋町5−10号 エヌ・ビー・エスビル4階
TEL 092−262−2360

●講師 : 国際協力NGOフリーピース 宮城出張所
  所長  本山 貴春
●会費 : 無料






復興支援、現地からの報告(4)

皆さんこんにちは!本山たかはるです。先日、宮城県から福岡に帰って参りました。約1カ月近くのボランティア活動について、最後の報告となります。今回の出張にあたってご支援いただいたすべての皆様に心より感謝申し上げます。

7月12日(火)

数日前より車のエンジン音がおかしかったため、登米市内のトヨペットに車を持っていき部品交換。午後から南三陸町に入り、仮設住宅に要望のあった物資を戸別配布。その後、別の仮設住宅での補修工事をサポート。

7月13日(水)

東京から新たなボランティア1名来所。午前中は仮設住宅に物資個別配布、午後は仮設住宅の補修工事サポート。

7月14日(木)

引き続き仮設住宅への物資配布、補修工事に従事。夕方、再び宮城入りした森田代表理事を迎えるため、JR新田駅へ向かう。

7月15日(金)

登米支部から引き上げ、いったん南三陸町入り。さかなのみうらに向かい、今後の見通しを聞く。登米東和から高速に乗り、福岡への帰路に就く。

7月16日(土)

途中2時間半だけ仮眠を取り、午前10時過ぎにNGOフリーピース本部に到着する。

復興支援、現地からの報告(3)

皆さんこんにちは!本山たかはるです。

宮城県でのボランティア活動も残すところ僅かとなりました。昨日は大きなイベントがあり忙しくなったので、今日ブログを更新しています。

7月3日(日)

朝9時、宮城復興支援センター登米支部に埼玉県から直接物資が届く。すべて中古のスーツケース。支部の物資を整理する。夕方、京都から新たなボランティア4名来着。20代男性2名、60代女性2名の一行で、プロテスタント教会からの派遣。

7月4日(月)

朝、仙台放送(フジテレビ系地方局)が登米支部に来る。一日同行取材のため。定期便として五ヶ所の避難所を回り、トイレットペーパーや洗剤などの物資を届ける。また避難所へ行き、要望のあった物資を直接届ける。夕方、新たに東京から60代男性ボランティア来る。

7月5日(火)

いよいよ本格的な仮設住宅戸別訪問。困りごとや物資の要望を聞いて回る。仕事を失った高齢者が多いことを実感する。

7月6日(水)

午前中は支部の大掃除。午後は本来休みだが、短期ボランティアの人達の要望により仮設住宅回りを行う。

7月7日(木)

終日仮設住宅回り。要望のあった物資も戸別に届ける。棚の組み立てなども頼まれてはその場で対応する。宿舎への帰路、遠回りして気仙沼に立ち寄り視察。かなり濃い霧が出る。ある岬は工場が全壊し、ハエやカラスが異常発生していた。

7月8日(金)

朝、京都や東京から来たボランティアの皆さんを見送り、南三陸町で魚屋に立ち寄って仙台市に向かう。京都から戻った棟梁と合流。宮城復興支援センターのアパートに泊まる。

7月9日(土)

宮城復興支援センターが毎週水曜日に運行する無料バス(南三陸町〜仙台市)の出発式準備のため、仙台市の本部で物資を積み込み南三陸町へ。ベイサイドアリーナで設営を行う。ちょうどAKB48が来ていた。

7月10日(日)

朝5時半に起床し、そのままベイサイドアリーナへ。8時過ぎに出発式が始まる。東京築地の有名寿司職人がチームを組み、海鮮丼の炊き出し300食を振る舞う。スーツケースも配布し、バスを見送る。参加者にはたいへん喜ばれ、昼と夕方のニュースで報じられた。

7月11日(月)

物資定期便として三ヶ所の避難所を回る。また、宮城復興支援センターが東京築地市場に南三陸のアンテナショップを出す準備のため、海産物加工工場との打合せに同行。

復興支援、現地からの報告(2)

皆さんこんにちは!本山たかはるです。今日は宮城に来て初めてゆっくりする時間ができました。PC が無いのでスマートフォンからブログを書いています。

復興支援活動報告としては二回目の更新です。一ヶ月の滞在予定も、折り返し地点となりました。数々の貴重な体験に感謝しています。

6月27日(月)

前日仙台入りし、そのまま宿泊したアパートを朝8時にでる。アパートは宮城復興支援センターがボランティア宿泊用に借りたもの。9時にセンター本部に到着し、ミーティングに参加。月内に仙台市営地下駐車場の物資をセンターに全て移すミッション。地下駐車場に行って、その量に愕然とする。

6月28日(火)

前日に引き続き、物資の移動。方法は4トントラックを駐車場入口に横付けし、3〜4台の乗用車で地下二階からピストン輸送する。物資は仮設住宅に入居する際に必要となる食器、布団、歯ブラシ、タオル、衣類、缶詰め、インスタントラーメン、生理用品、そしてそれらを入れるスーツケース。連日の重労働をものともせず、夜は国分町に繰り出す。

6月29日(水)

予定を超過して仙台市内で引き続き運搬業務に従事。真夏日となり、連日の超重労働での疲弊に拍車をかける。人生でもっとも肉体を酷使した日。夜、船田氏の自宅で食事と風呂をご馳走になり、一路登米支部へ。

6月30日(木)

約束してあった仮設住宅へ。住人と大工ボランティアが打合せし、材料の買い出しに。石巻のホームセンターでは材料が揃わず、けっきょく登米のホームセンターまで戻る。結構な量の木材を買い込み、仮設住宅に戻る。さっそく玄関の庇を伸ばす工事が完了。われらが棟梁は仕事が早い。

7月1日(金)

前日に引き続き、大工仕事。玄関だけでなく、裏にベランダを設営。この日は私も丸ノコと呼ばれる電動カッターで木材を切る。大工はけっこう重労働だ。棟梁は短期間だけ京都に戻らねばならないので、若干仕事を残して撤収。

7月2日(土)

かねがね噂を聞いていた「さかなのみうら」の三浦社長に会う。鮭などを福岡に送るため、状況を確認。三浦社長は震災直後から地元の被災者のために物資を配るなど大活躍しており、ボランティアの若者たちから尊敬されている。