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戦後67年の呪縛、「戦争は悲惨」という思考停止。
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

本年で大東亜戦争(第二次世界大戦)終結67年となります。つまり私たちの祖国が連合国軍に敗れて67年経つわけです。敗戦は私たちの世代が生まれるずっと以前のことですが、私たちは今なお敗戦の影響下にあります。

その影響の一つが、竹島問題です。終戦の日(8月15日)を目前にして、韓国大統領が史上初めて竹島に上陸するという示威行動を行いました。これを受けて直ちに日本政府は韓国大使を召還し、さらなる対応を協議するとしています。

ツイッターにも書きましたが、そもそも竹島は日本が連合国軍によって占領されている最中に韓国が不法占拠し、今日に至っているものです。要するに火事場泥棒を働いたわけです。日本はこの不法占拠によって島一つを失っただけでなく、広大な漁場、そして海底資源を奪われたのです。また日韓基本条約が成立するまでの間、日本の漁船328隻が拿捕され、44人が死傷、3,929人が抑留されました。

竹島問題は単なる領土問題ではなく、大韓民国による日本国への侵略戦争なのです。韓国は日韓合邦(韓国併合)を侵略と言い立てますが、日韓合邦は両国の同意によって成立したものです。両国の最高機関が承諾して成ったものであって、法的になんら問題はないのです。従って韓国併合を侵略ということはできません。戦前の日本が朝鮮半島を植民地化したというのは歴史的事実に反します。

韓国は日本国の一部として大東亜戦争を戦いながら、日本が敗れるとたちまち「第三国」という立場をとりました。自分たちは敗戦国ではない、むしろ戦勝国側の人間だ、という態度をとったのです。そのあげくの、竹島侵略だったのです。

同様にソ連も、中立条約を一方的に破って日本を侵略し、樺太や千島列島を不法に占拠。ソ連崩壊後もロシアは不法占拠を継続しました。昭和26年、連合国との講和が成って日本は主権を回復したことになっていますが、不法に占拠された領土を回復することはできませんでした。

戦後日本が領土問題に関して行って来たことは、「○○はわが国固有の領土である」と鸚鵡のように繰り返し述べることだけでした。もちろん外交交渉は行われてきたでしょうが、「最終的には戦ってでも取り返す」という覚悟がないために、カードは常に先方に持たれたままでした。

領土、というものについて、私たち日本人は歴史を振り返って考え直すべきです。国境は国の強さによって変わるものです。北方領土や竹島について、いくら日本国が正しかろうとも、誰も取り返してはくれないのです。失地が回復されないのは、日本国が弱いからです。ロシアや韓国に、「侵略した土地は返したほうがよいぞ」と思わせなければならないのです。それが外交です。

領土問題を放置することは、侵略されることを許容する態度となり、新たな侵略を誘発します。北方領土や竹島に対する歴代日本政府の甘い態度が、支那の尖閣諸島侵略欲求を生んだのではないでしょうか。(じじつ、支那は北方領土問題や竹島問題をよく研究しています)

終戦の日が近づくと、毎年きまって「戦争の悲惨さ」が喧伝されます。悲惨な記憶を風化させるなと、これでもかこれでもかと悲劇譚を聞かされます。確かに戦争に悲惨な面はあるでしょう。しかしその悲惨さというものは戦争に特有のものでしょうか。一方が戦争を放棄すれば、その「悲惨さ」は決して生じないのでしょうか。

いくら私たちが戦争をしないと決意しても、侵略はされます。自国民は誘拐され、スパイによって国論が歪められ、国富は奪われます。どんな「平和の悲惨さ」を目の前に突き付けられても、「戦争は悲惨」の一言で思考停止しているのです。戦争という最終オプションが無い限り、あらゆる外交努力は無効なのだということを、そろそろ私たちは知るべきではないしょうか。

自由も権利も民主主義も、天から与えられるものではありません。これらは戦って勝ち取るものです。それが人類史の真実です。わが国が敗戦によって奪われたものは、戦ってしか取り戻せません。終戦の日、すなわち敗戦の記念日を迎えるにあたり、私たち日本人は新たな戦いを決意すべきです。それが祖先と子孫に対する責任だと思います。
| 本山たかはるの政治論 | 18:38 | comments(4) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 戦後67年の呪縛、「戦争は悲惨」という思考停止。
韓国売春婦像と竹島領有権問題


皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

さいきんは新規事業の立ち上げに忙しく、あまりブログを更新できていませんが、同志の起こした行動がネットを騒がせているのでコメントしておこうと思います。

去る6月19日、渡韓していた鈴木信行氏らが在韓日本大使館前に設置された所謂「従軍慰安婦像」(追軍売春婦)に『竹島は日本の領土』などと書かれた杭を立て掛け、その模様をネット中継しました。そのことが日韓のメディアで大きく報道され、鈴木氏らは「日本の右翼団体関係者」などというレッテル貼りをされて非難を浴びています。当然ながら韓国側では犯罪者扱いです。

鈴木信行氏については学生時代から大変お世話になっている方で、きわめて温厚かつ実直な方です。メディアは「過激で危険な人物」というイメージを流布することと思いますが、信頼できる方だということを申し上げておきます。また鈴木氏に同行した山本和幸君は私の市議選をもっともよく支えてくれた、選対の事務局長でした。彼なくして市議選は戦えませんでした。

彼らが渡韓する前に、「日本大使館前の売春婦像に竹島の碑を置いてくる」という話を山本君から聞き、私は即座に反対しました。所謂「従軍慰安婦」問題と竹島領有権問題は別問題だと考えるからです。もちろん、韓国がわが国に対して不当な主張を行い、実力行使に出ている問題ということでは共通しています。韓国側が戦前の問題も現代の問題も味噌も糞も一緒にしてヒステリックに喚いているという意味で同じであり、鈴木氏が言うように≪韓国側があえて問題を同じにしている≫というのも事実でしょう。

私が反対したのは、そのような韓国側の戦略に乗るべきではないと考えたからです。私がもし外交当局者であれば、日韓の摩擦については各個撃破しようとするでしょう。竹島については「最終的に武力奪還する」という姿勢を日本政府は示すべきですし、所謂「従軍慰安婦」については「そんなものいなかった」と言えば終わりです。政府ができないのであれば、国民運動としてそのような主張を全国全世界で展開するべきです。

とはいえ、結果として鈴木氏と山本君の政治的行為について私は断固支持します。政治的主張というものは、行動によってのみ示されるべきだと考えるからです。在韓日本大使館前に「慰安婦像」が韓国人の手によって設置されたとき、怒りに震えた日本人はさぞかし多いことと思います。仮に「従軍慰安婦」なるものがかつて実在したとしても、外国公館の前にそのようなモニュメントを設置するということは国家の顔に泥を塗るようなことで、外交儀礼上も考えられないことです。

そしてもっと信じられなかったことは、日本政府が大使を召還しなかったことです。これでは像の設置を日本政府が容認したも同じです。従って、どのような形であれ鈴木氏らが「慰安婦像=売春婦像」の設置に日本国民として「不容認」の意思を示したことは重要であり、大いに国益に資する行為であると言えます。

私たちがやるべきにも関わらずできなかった行動を、鈴木氏と山本君は危険を冒して成し遂げました。国民の一人として感謝し、心から労いたいと思います。
| 本山たかはるの政治論 | 21:21 | comments(2) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 韓国売春婦像と竹島領有権問題
死を恐れぬ者にしか、ほんとうの政治はできない。
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

今日は筥崎宮での勉強会に参加し、最後に吉田松陰の「士規七則」をみんなで読みました。私もずいぶん昔に読んだことがありましたが、内容は覚えていませんでした。改めて重要なことが書いてあると感じましたので、下記に転載します。

士規七則

冊子を披繙(ひはん)せば、嘉言(かげん)林の如く、躍々として人に迫る。
顧(おも)ふに人読まず。即(も)し読むとも行はず。
苟(まこと)に読みてこれを行はば、則ち千万世と雖(いえど)も得て尽すべからず。
噫(ああ)、復た何をか言はん。然りと雖も知る所ありて、言はざる能(あた)はざる人の至情なり。
古人これを古に言ひ、今我れこれを今に言ふ。
亦なんぞ傷(いた)まん、士規七則を作る。

一、凡そ、生れて人たらば、宜しく人の禽獣に異る所以を知るべし。
  蓋(けだ)し人には五倫あり、而(しか)して君臣父子を最も大なりと為す。
 故に人の人たる所以は忠孝を本と為す。

一、凡そ、皇国に生れては、宜しく吾が宇内(うだい)に尊き所以を知るべし。
  蓋(けだ)し、皇朝は万葉統一にして、邦国の士夫世々禄位を襲(つ)ぐ。
  人君、民を養いて、以て祖業を続(つ)ぎ、臣民、君に忠して以て父志を継ぐ。
  君臣一体、忠孝一致、唯だ吾が国を然りと為す。

一、士の道は義より大なるはなし、義は勇に因(よ)りて行はれ、勇は義に因りて長ず。

一、士の行は質実欺かざるを以て要となし、巧詐(こうさ)過を文(かざ)るを以て恥と為す。光明正大、皆是れより出づ。

一、人、古今に通ぜず、聖賢を師とせずんば、則ち鄙夫(ひふ)のみ。読書尚友は君子の事なり。

一、徳を成し材を達するには、師恩友益多きに居り、故に君子は交遊を慎む。

一、死して後已(や)むの四字は言簡にして義広し。堅忍果決、確乎として抜くべからざるものは、是れを舎(お)きて術なきなり。

右士規七則、又約して三端と為す。
曰く「志を立てて以て万事の源と為す。交を択(えら)びてもって仁義の行を輔く。
書を読みて以て聖賢の訓(おしえ)を稽(かんが)ふ」と。士まことに此(ここ)に得ることあらば、
亦(また)以て成人と為すべし。
                        二十一回猛士手録

この士規七則はもとは漢文で書かれました。吉田松陰がこの文章を書いたのは安政二年、26歳のとき、獄中においてでした。その後、松陰は松下村塾を開き後の明治元勲を育てることになりますが、わずか二年の教授となり、30歳で刑死します。

松陰の思想はまさに幕末武士道のエッセンスというべきものでした。むろん松陰独自に創出したものではなく、数百年間に亘って培われ昇華された武士道を、松陰が完成させたと言えます。この教えは、現代にあっても、またグローバル社会においても色あせるものではなく、少なくとも政治を志すものは肝に銘ずるべきでしょう。

江戸時代の武士は政治家でした。彼らは官僚であり、政治家であり、軍人でした。近代では分裂するそれらの社会的役割を、一身に担うからこそ、武士には高い徳目が求められました。明治政府はこれら武士の徳目をすべての国民に普及することを目指したとも言えます。

士規七則の最後の一文を訳してみます。

すなわち、志を立てることが全ての始まりである。また交わる相手を選ぶことで筋を通し正義を行うことに資する。さらに文献を通読して先人の教えを考えることが重要だ。士はこのことを真に理解しわがものとしたとき、初めて完成した人となるのである。

松陰のいう「士」は、明治以降はすべての「日本国民」に当てはまります。なぜなら明治維新によってわが国は国民国家となったからです。国民国家とは、すべての国民が国家の経営に参画し、国家に貢献し、国土を守ることで、国民全体を外敵に侵されない強い共同体とするものだからです。それが真の民主主義です。

大東亜戦争末期、多くの国民が戦場へ赴きました。女性も少なからず戦場へ行きました。当時は国家の幹部候補生であった大学生も学業を棄てて戦場に散りました。燃料弾薬に乏しい中、多くの若い即席軍人が特攻兵として玉砕しました。何故そのようなことをせねばならなかったのか、ということを戦後の私たちは問います。しかしほんとうに問うべきは、なぜそのようなことができたのか、なのです。それはまさに武士道教育の賜物でした。

あの戦争を悲惨の一言で片づけてはならないのです。あの激烈な戦いがなければ、日本国は地球上から跡形もなく消えていたか、一億総奴隷となっていたでしょう。

さて本記事の本題はそのことではありません。

民主党政権三代目の総理は、早くもその求心力を失いつつあるように見えます。かといって、かつての与党である自民党の追及も優しすぎるように思われています。結論から言って、いまの日本国家の経営は、だれが政権担当者になってもうまく行かないのです。いま内閣を組むことは、ババ抜きのババを引くようなものです。一番楽なのは野党席から野次を飛ばすことです。これは自治体経営も同じです。

その中で、大阪市の橋下市長や名古屋市の川村市長など、一部の地方首長が際立って存在感を発揮しています。彼らの手法が正しいか正しくないかは措くとして、彼らは特別な存在なのか、ということを私たちは考える必要があります。いまの混迷する日本において、まともな政治をやろうと思えば、変革者たらざるを得ません。それも相当ドラスティックな変革が必要です。しかし変革には抵抗がつきものです。

すべての人にいい顔をしようと思えば、変革はできません。すべての人に賛同してもらえる(実質的に有効な)政策はありません。しかしそれでも必要な変革を訴え、それを実行できる。すくなくとも橋下市長や川村市長にはその気迫があるように見えるのです。抵抗を恐れないということは、突き詰めれば「死をも恐れない」ということです。

政治家が落選を恐れ、財産の喪失を恐れ、悪名を恐れ、死を恐れたとき、真の意味での政治家としては死を意味します。いまわが国の政治家のほとんどは、卑しい人間として生きながらえるのみで、すでに政治家として死んでいるのです。
| 本山たかはるの政治論 | 23:56 | comments(2) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 死を恐れぬ者にしか、ほんとうの政治はできない。
命を懸けるということ


皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

先日、ある学生さんと深夜まで酒を飲むことがありました。彼は非常に優秀で、しかも決して優等生タイプではない、色んな意味で将来有望な男です。

そこで色々話し込むうちに、私は思わず本音を漏らしたのでした。「○○くん、僕は日本を独立させたいんよ」。彼はさらっと答えました。「結局はどんだけ本気で、命を懸けるかやないですか」。

私は虚を突かれた思いでした。彼は私が政治家を目指して選挙に出たこともよく知っています。いま私がやっている仕事のこともよく知っています。これまでそんなに深い話をしたことはないけれども、彼の明晰な頭脳では全てがお見通しなのです。

だから彼の一言は私の心に深く残りました。

私は行動がすべてだと思っています。そして私の望みは、日本を独立へ向かわせる、そのために人生を捧げることです。しかしそのために何をすべきか、何ができるのか、正直悩み、苦しんでいます。生活と政治活動を両立させるということは容易ではない。しかしいずれにせよ私たちがめざす道は容易な道ではありません。

若い彼はそんな私の悩みを見透かしたのかも知れません。

年末に年長の男性と酒を飲んだときも言われました。「いったい君は何をやってるんだ」。

正直、去年選挙が終わってからはどん底の生活でした。その中で東北へも行き、帰ってからは小銭を稼いで食いつないで来ました。街頭活動する余裕はないし、意味も見いだせませんでした。それでも虚勢を張って、弱音を吐かないようにしてきました。これが自分の選んだ道だからです。

そのような中、今後どういう政治運動を起こして行くべきか考えて来ました。私は最終的には「日本独立運動」をやりたい。しかし国際法上は独立しているわが国では、これはどうしても抽象的なテーマになります。運動を始めるには、テーマを絞らねばなりません。

国家独立の前提となるのは、いうまでもなく個人の自立です。であれば、個人の自立を促す運動をするべきではないか。中でも、若い世代の自立こそが最重要な課題ではないか、と思い始めています。最近でこそ世代間格差の問題がおおっぴらに論じられるようになりました。しかし若い世代からの意見表明はなかなかし辛いのが実情だと思います。

今年は「若い世代による新しい運動」を構想し、その一歩を進めたい。いまそのように考えています。
| 本山たかはるの政治論 | 22:24 | comments(6) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 命を懸けるということ
NHK大河ドラマの問題から「武士道」を考える
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

私はふだんあまりテレビドラマを観ないのですが、これはというものがあれば毎回録画して観るようにしています。NHKの大河ドラマも特に面白そうなのがあれば観ており、最近では『龍馬伝』が好きでした。

今月から始まった『平清盛』は扱いの難しい中世の話ということもあり、楽しみにしておりました。実はこのドラマは放送開始前から一部で物議を醸していました。それは、皇室のことを「王家」と呼んでいる点です。劇中では庶民までもが皇室を「王家」と呼び、武士を「王家の犬」と吐き捨てます。

この問題について私も色々調べてみましたが、学術的にも当時の人々が皇室のことを王家と呼んだ可能性は低いように思います。文書でも「皇」の字の用例の方が圧倒的に多いですし、平安時代は言霊信仰がいまより強いので、高貴な方を直接的表現では呼ばなかった可能性が高いのです。

▽皇室のきょうかしょ vol.4 天皇の敬称
http://www.fujitv.co.jp/takeshi/takeshi/column/koshitsu/koshitsu04.html

NHK制作陣としてはリアリティに拘りたかったのかも知れませんが、その他の台詞の言い回しなどからしても研究不足なのではないかと思います。役者の多くは江戸時代あたりの舞台設定の言葉使いしかしていません。特別、皇室を貶めたい意図があったとも思いませんが、もう少し作りこんで欲しかったところです。

ただし、NHKが大河ドラマのテーマに「平清盛」を採用した意気込みは素晴らしいと思います。劇中で繰り返し語られるように、平清盛は「武士の世」を切り開いた立役者だからです。日本史の中では悪役で描かれる印象も多い清盛ですが、その存在感は豊臣秀吉とも通じるものがあります。

平家の栄華から鎌倉幕府が成立する過程において、武家勢力が一大政治勢力として台頭し、以後は武家の覇者が入れ替わり立ち代わり日本の政治を担うことになりました。もともとは朝廷も「神武東征」の神話や、日本武尊(ヤマトタケル)の伝説に見る如く、武力をもってわが国を統一しています。ところが平安時代のころには、直接「暴力装置」を発することを嫌うようになり、国家の治安維持を武家集団に委託するようになります。

源氏や平氏はその血筋の良さもあって武家の棟梁と持ち上げられますが、その頃には殆ど土着化していたものと思われます。土着化した地方貴族と地方農民が結びついて武装し、自らのコミュニティー防衛を図ったところから武家集団が発生します。そこには強烈な「独立心」があった筈です。

後、江戸時代まで下って幕府が統治を円滑にするため儒教を輸入し、「忠誠心」を強調したため武士道といえば主君に絶対服従するものと思われがちですが、その底辺には強固な「独立心」が流れているわけです。だから後にも主君が間違っていれば命がけで諌めるということがありました。

まさに「平清盛」以降、日本のサムライたちは「忠誠心」と「独立心」の間で揺れ動く歴史を辿ります。その過程において、究極の「大義」がどこにあるのかを探ろうとし、それが水戸学陽明学に結びつくのです。その結実として、「王政復古の大号令」たる明治維新が起こります。明治維新がまさに「日本の独立」が危機に晒されたその時に行われたということは偶然ではありません。

しかし明治政府は急速に近代化を進めるために、中央集権的官僚体制を構築します。「忠誠心」と「独立心」のアウフヘーベンたる「武士道」を近代日本における道徳教育の主柱にできれば、日本人も「近代人」になることができた可能性がありましたが、その意図は充分に達成されないまま大東亜戦争の敗戦を迎えることになります。

そして戦後日本人はついに「忠誠心」も「独立心」も喪ってしまいます。つまり、近代的な「公共心」はいまも日本人に身についているとは言い難いのです。日本の統治者はその強固な官僚体制によって国民の生産力に「寄生」し、国民はただ奪われコントロールされるばかりで反撥もできないでいます。

中世、平清盛に象徴される武家台頭の背景には、中間搾取が蔓延り政治が腐敗するという実態がありました。平家一門はやがて貴族化しますが、源氏(と北条氏)は辺境に独立政府を築いて貴族化を避け、武家集団の利益代表を続けることで150年近くも安定統治を可能としました。しかし鎌倉幕府も官僚化は避けられず、つまり幕末に近づくにつれて武家の利益代表たる実体を喪ったことで、あっけない終焉を迎えました。その変遷はその後の武家政権(室町幕府や江戸幕府)もほぼ同様です。

さて現代に目を転ずれば、わが国の統治者は高級官僚を中核とする既得権益集団です。彼らは国民全体の利益を顧みることなく、利権の拡大と保身に汲々としています。現代の統治機構は中世に比べれば遥かに複雑で判りにくく、しかもより強大な権力を握っています。しかしそれでも近い将来、その欺瞞が暴かれ、新たな「国民全体の利益代表」たる新勢力によって打倒されることでしょう。

そのためにも、いまこそ私たち国民は「究極の公共心としての忠誠心」と「何ものにも依存しない独立心」を育み、「新しい武士道」を確立すべきなのです。
| 本山たかはるの政治論 | 22:15 | comments(2) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - NHK大河ドラマの問題から「武士道」を考える
日本全体を復興しよう
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

今月の28日に震災復興支援のチャリティーコンサートを開催するにあたり、私が三陸鉄道の復旧状況を発表することになっているので、改めていろいろ調べていました。

そこでわかったことですが、JR東日本のいくつかの路線(たとえば南三陸町を走っていた気仙沼線)は復旧の見込みが立っていないということです。

第三セクターである三陸鉄道の場合はずっと「赤字基調」だったので、国の基準に従って支援を決定。復旧のための110億円がつぎ込まれる予定になっています。ところがJR東日本の場合は黒字経営だったので自力で復旧せねばなりません。そこで当然「経営判断」することになります。JR東日本としては多額の投資をして復旧しても、その投資を回収できる見込みが薄い場合、二の足を踏まざるを得ません。

その結果、三陸沿岸地域で鉄道が戻らない路線が出てきそうなのです。

▽河北新報「東日本大震災 JR在来線復旧/国は資金投入をためらうな」
http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2012/01/20120119s01.htm

昨年末には似たような話で、宮城県内の漁港が「集約」されると発表がありました。

▽河北新報「焦点/漁港再編案/宮城、60拠点漁港に集約」
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/20111209_01.htm

確かに東日本大震災の被害はかつてないほど甚大で、国の予算も(それでなくとも)逼迫しているのかも知れません。しかしどうも、私にはこれらの施策が「ずれて」いるように思えるのです。

もし私が復興予算について提案する立場にあったなら、おそらくインフラや生産施設を優先させます。もしかしたら住宅よりもそれらを優先するかも知れない。被災地の詳しい実情を知らずに感覚で意見を述べることは避けるべきではありますが、正直そう思うのです。

私が被災地で東北の人々と交流して感じたことは、かの地の人々は非常に忍耐深いということです。繰り返す津波に耐えてきた遺伝子があるのかも知れません。信じられないような悲劇に遭遇してもなお、強く生きようという静かな決意を感じました。けっして大人しいわけではなく、したたかでした。

しかしそれでも、仕事がなければ生活できません。ただお金をもらうだけでは、生きる活力が生まれません。ところが国や自治体は被災者が働く場を再建しようとしても、むしろそれを阻害する動きをしているように思えました。役人特有の「規則ですから」という言葉によって被災地でのあらゆる行動が制約されるのです。

政府は本気で東北被災地を復興しようとしているのか、おおいに疑問を感じます。復興と復旧は違います。そして私は、復旧は復興よりも難しいと考えています。復旧とはあくまで表面的なものです。多額の予算を投じてあらゆる建築物を整備しても、人が戻り、人が増えなければ復興にはなりません

前にも書きましたが、被災地から戻って感じるのは「日本全体が被災しつつあるのではないか」という感覚です。確かに被災地の瓦礫は片づけられ、インフラも整いつつあります。しかし小さくなる一方の「パイ」を既得権者たちが奪い合う構図は変わりません。

菅総理(当時)が原発事故のシュミレーションを「無かったことに」したがったように、「津波」や「原発事故」を無かったことにはできないのです。いまの日本が抱える無数の病理も、見て見ぬふりすることは赦されないと思います。

※南三陸町に残ってボランティア活動を続けている仲間のためにブログを作りました。是非ご覧ください。
棟梁オカベの南三陸復興日誌 http://toryo-okabe.jugem.jp/
| 本山たかはるの政治論 | 00:53 | comments(0) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 日本全体を復興しよう
朝鮮半島の危機を変革の好機に
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

12月14日、韓国の反日団体が日本大使館前に慰安婦像を設置。17日に韓国大統領が来日し首脳会談を行うも慰安婦問題を巡って日韓の対立が表面化。そのような中、19日に北朝鮮の独裁者・金正日の死去が公表されました。朝鮮半島を中心として東アジアは一挙に緊迫度を増しており、市場も即座に反応してアジア株が全面安となりました。

12日には韓国の海上警察官が違法支那漁船の取り締まり中に殺害され、支韓の対立も激化していました。わが国でも支那漁船の違法操業が問題となっていますが、韓国に比べると政府の対応はあまりにも「事なかれ主義」であると言わざるを得ません。韓国の慰安婦像設置などは、歴史論争以前の問題であり、国家に対する侮辱とさえ言えます。

金正日の死去は近い将来必ず起こることとして予測されていたことで、いまさら驚くことではありません。しかしどうも日本政府の反応は相変わらず事なかれ主義で、脅えて息を潜めているばかりのように見えます。このまま朝鮮半島を中心に国際情勢が悪化すれば、日本国内にも甚大な影響を及ぼすことでしょう。

もしわが国が主権国家であれば、逮捕した支那人船長を無罪放免することはなかったでしょう。

もしわが国が主権国家であれば、大使館前に国辱的モニュメントを作った韓国から大使を召還したでしょう。

もしわが国が主権国家であれば、金正日に天寿を全うさせることはなかったでしょう。

これから北朝鮮において権力継承がスムースに行われるかわかりません。支那においてはバブル崩壊も囁かれており、もし現実となれば日本経済にも大きな影響があるでしょう。まさに一寸先は闇です。

このようなときに、嵐が過ぎ去るのを身を低くして待つばかりの従来の姿勢では、われわれはこの危機を乗り越えることはできないでしょう。むしろこの危機を好機として、国内の変革を断行し、自らの頭で考え行動する国家へと脱皮せねばなりません。そしてそのような変革を担う政治勢力は国会に存在しません。いま衆院を解散したところで、そのような政治勢力の台頭を期待することもできません。

私たち一般国民が国家的危機に身をさらすことによって、初めて危機を乗り越える勇気が生まれます。恐れず怯まず、日本を強くしましょう。
| 本山たかはるの政治論 | 00:23 | comments(0) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 朝鮮半島の危機を変革の好機に
苦しい時期だからこそ果敢に立ち向かおう
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

昨日、12月8日は大東亜戦争開戦から70周年の日でした。先の大戦について、私も記事を書こうかと思いましたが止めました。この頃あまりに考えることが多く、趣旨がまとまらなかったからです。

黒船来航から大東亜戦争まで88年。そしてその開戦から70年。思えば、近代から現代に至るわが国の歩みは苦難に満ちたものでした。私たちはまだまだ先人のことをよく知らないし、よく理解できていないのかも知れない。大東亜戦争に対する歴史的評価も定まってはいません。

TPPの議論を見ていても、原発に関する議論を見ていても、どうも日本人は後ろ向きです。私はTPP推進論者ではありませんが、「内向きな発想」にも全面的には賛同できない。私は日本独立派を自負していますが、TPPがアメリカによる陰謀という説に素直に肯くことができない。むしろアメリカは日本を見捨てようとしているのではないでしょうか。

さて、宮城県は震災復興計画の策定にあたって漁港の集約を打ち出しました。優先的に復旧させる漁港を選定し、より効率的な復旧復興をめざすそうです。それはそれで苦渋の選択であり、合理的な判断かも知れません。しかしそれよりも、私が危惧することは心理的な影響です。

今年三度に亘って被災地を訪れ、ボランティア活動に従事しました。そしてほぼ素通りでしたが、東京や各都市へも行きました。また九州でもいろんな話を見聞きしました。その中で私が予感したことは、このままでは日本全体が「被災」するだろうということです。

これは東日本大震災だけが原因ではありません。むしろ東日本大震災が引き金となって、日本が後戻りできない衰退に急降下するだろうということです。民主党の政権運営を見ていても、これまで日本社会を支えていた神話のようなものが音を立てて崩れている、むしろ国民の間に諦めの雰囲気が漂っているように思えるのです。

そのことは、先日の大阪府知事&市長選でも表れています。私は基本的に橋下改革を支持しています。しかし橋下氏を支持した有権者のどれだけの人々が、そこに希望を見ているのかも疑問です。少なくとも変革を託す指導者を得た大阪の人々は幸せなのかも知れない。それに引き替え、わが福岡市長は自らの一年目に120点と自己採点した。彼は本当に市民の期待に応えているでしょうか。

話があちこちに飛びます。私は、私が春の選挙戦を通じて訴えた通りに日本が苦難の道に向かっていると考えています。もし私が奇跡的に市議会議員になれていたとしても、この流れに抗うことはできなかったかも知れない。そこで思うことは、私が市議になろうとなるまいと、私がやるべきことは変わらないということです。

私は落選後、社会起業の道を模索していました。その中で東北へも行かせてもらいました。そして11月から、福祉事業の新規立ち上げスタッフとしてお誘いをいただきました。いまはそのお誘い下さった方の許で働いています。来年には介護の事業を開始すべく、準備に奔走しています。将来的には老人・障碍者・子供の福祉に関する事業を展開し、地域共同体の再生を図るネットワークを構築したいと考えています。

その中で、介護保険制度にまつわる問題点も改めて見えてきました。一般的に考えられている以上に、いま日本は危機的です。しかしだからといって悲観する必要はありません。目の前にある苦難を知って初めて、人はそれを乗り越える決意を持つことができるからです。

先日、大分県護国神社に行った際、特攻隊の遺書や遺影を目にしました。いままた思い返します。若き特攻隊員たちはどのような思いを抱きながら死んでいったのだろうかと。まさに自己の国家が滅亡しようという時に、何を願ったのだろうかと。彼らの目はいつみても澄みきって、強い意志を秘めているように見えます。

私はこの日本という共同体を守りたいと決意して政治を志しました。果たして次回の福岡市議選に再挑戦して議員になれるかどうかまったく判りません。しかし少なくとも、これからの数年間を政治家になるためだけに費やすことはしたくない。いまやるべきことをやる。これが私の生き方です。
| 本山たかはるの政治論 | 23:16 | comments(2) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 苦しい時期だからこそ果敢に立ち向かおう
大阪市長選挙、橋下徹に清き一票を!
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

大阪府知事、大阪市長選挙が11月27日に投開票となります。今回のダブル選挙は、ネット選挙の観点からもおおいに話題になっているようです。以下、複数の記事を引用します。

ネット上で選挙違反続出? 告示後も続く様々な書き込み

 27日投開票の大阪府知事・大阪市長のダブル選に向け、短文投稿サイト「ツイッター」上に、特定候補に対する支持、不支持の態度や演説会に日程などが書き込まれ、選管に違法性を確かめる問い合わせが相次ぐ事態になっている。手軽に扱えるメディア「ツイッター」を含めたインターネットのメディアに対する法整備は、民主党の首相交代劇の影響などもあって後手をふんでいる。一方、これまで積極的にネット上で発信してきた陣営は一斉に声を潜めており、選挙への関心を高めるという視点からは、ちぐはぐさばかりが浮き彫りになっている。

 「演説会の日時をツイッターに書き込んでいる。選挙違反じゃないのか」

 10日の知事選告示以降、府選管には連日そうした問い合わせが寄せられているという。ほかにも特定候補を批判したり、逆に賛美する内容のものも。「自分1人だけでも毎日5件は問い合わせがある」と担当者。

 公選法は、法定ビラなどを除く「文書図画」の配布を禁じており、ネット上の文字や写真も該当する。候補者本人に限らず、選挙期間中にネット上で特定候補への投票を呼びかけたり、演説会日時を告知することは本来「違法」だ。

 しかし、取り締まりを行うのは警察ということもあってか、選管の担当者も「一つひとつの発言が『投票を呼び掛ける』と認定できるのか。過去に参考となるような摘発例も把握しておらず、判断が難しい」と頭を悩ませる。

 一方、今回のダブル選に出馬した主要の5候補は、いずれも告示前にツイッターなどを開設。積極的に情報発信してきたが、府知事選告示の前日、9日に書き込みをストップ。多い日で1日100回以上も投稿、告示後の投稿も示唆していた市長選候補の前知事、橋下徹氏(42)はもとより、現職の大阪市長、平松邦夫氏(63)、知事選に立候補した大阪維新の会幹事長、松井一郎氏(47)、10月下旬にツイッターを始めたばかりの前池田市長、倉田薫氏(63)も停止。わずかに知事選に弁護士の梅田章二氏(61)を擁立した共産系の政治団体が、音声での選挙運動を禁じていない公選法の“隙間”を突いて、告示日の10日に音声データをアップしたくらいにとどまる。

 与野党は昨年の参院選前、候補者と政党によるブログなどの更新に限り認めることで合意したが、首相交代による国会日程のずれ込みで法改正は先送りされたまま。陣営や選管関係者の間から「公選法が現状に合っていない」との批判が相次いでいる。

http://sankei.jp.msn.com/region/news/111118/osk11111817010008-n1.htm

大阪ダブル選、「ネット選挙」野放し…公選法追いつかず

 激戦の大阪ダブル選(27日投開票)で、インターネットに候補者の政見放送や街頭演説の様子が流出するなど、公職選挙法で想定していなかった事態が起きている。候補者がネット利用を控えても、陣営関係者が個人演説会の予定を書き込む例も。法整備が遅れるなか、じわじわと「ネット選挙」が進みつつある。

 「知事をやってほしい」「説得力がある」――。

 大阪府知事選の告示後、候補者7人の政見放送が動画サイトに投稿され、閲覧者の書き込みが相次ぐ。ある候補者の映像はネット上で話題を呼び、アクセス数が30万件を超えた。

 現行の公選法では、テレビの政見放送は1人5回と定められている。告示後に配布できる「文書図画」はビラやはがき、マニフェスト(公約)に限られ、ネットによる選挙運動は一切禁じられている。

 こうした状況について、府選管も「法律に照らせば違法」と認めつつも、「投稿者の特定は難しい」として野放し状態だ。ネット上では、大阪市長選の候補者の街頭演説の様子も複数投稿されている。

 ネット利用を自粛する候補者に代わり、議員らが発信する例も見られる。

 「○日○時より△△の個人演説会を実施します」

 ある大阪市議は、応援する候補者の演説会の予定を自身のホームページで告知。市選管は「特定候補への投票を呼びかける選挙運動にあたるとみなされれば、公選法違反」としているが、有権者が演説の感想などをネット上でつぶやくことは、選挙運動と見なされない限り摘発は難しく、線引きはあいまいだという。

 ネット選挙の実情に詳しい松原聡・東洋大教授(経済政策)は「与野党ともネット選挙の解禁で一致しているのに、政局の混乱で法改正が見送られ、現実とのズレが鮮明になっている。違法状態が続くのは政治の怠慢だ。ルール作りを急いでほしい」と話している。

http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20111122-OYO1T00768.htm?from=top


一時は橋下前府知事が週刊誌のバッシングに対してツイッターで選挙期間中に反論するという発言もありましたが、実現はしていないようです。他、大阪府知事選については全候補者の政見放送がYoutubeに公開されています。



私は繰り返し主張して来ましたが、選挙におけるインターネットの利用は違法ではありません。公職選挙法にはインターネットに関する規定はなく、立法目的に照らしてもインターネット選挙に違法性はありません。にも関わらず、かように執拗に警察が警告を繰り返すことは、選挙妨害の疑いがあります。インターネットにおける選挙活動を阻害することは、わが国の民主主義の発展を阻害するものとも言えます。

わが国の検察は、被告人を有罪にできる可能性の低い公訴を行わない傾向があります。これまで、ネット選挙に関して公訴に至った例はありません。そして私ほど、露骨にインターネット選挙を展開した例はありません。もし私が不起訴となれば、事実上のインターネット選挙解禁ということになります。

これから後、あらゆる公職選挙に立候補する皆さんは、選挙中であろうとなんであろうと、自らの主張と行動をインターネット上で情報公開することが道義的責任となります。そうなった時、日本の政治は変わるかも知れません。


JUGEMテーマ:選挙


| 本山たかはるの政治論 | 23:49 | comments(0) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 大阪市長選挙、橋下徹に清き一票を!
ただ耐えるのではなく、打開するために足掻くべきとき!
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

いよいよ今週末より、三度目の宮城県入りとなります。災害ボランティアとして現地で活動できるのは、おそらく今回が最後になります。資金的な面でも厳しいですし、現地でのニーズが短期よりも長期ボランティアに変わりつつあるからです。実際、宮城で知り合ったボランティアの中には関西から移住してしまった人もいます。

今回はより多くの人に参加を呼びかけて、延べ9日間宮城県南三陸町で仮設住宅補修工事やゴミ置き場の清掃、半壊家屋の解体支援などを行う予定です。また、今後の長期的支援(南三陸町物産の販路拡大など)についても打ち合わせて来たいと思っています。

定員にまだ若干余裕がありますので、興味のある方は是非お問い合わせ下さい。

▽一緒に東北へ行こう!九州からのボランティア募集
http://motoyama.sejp.net/?eid=1025870

さて最近思うことは、とくに9月あたりから不況が強まったのではないかということです。地元の人々に話を聞く限り、そのような実感があります。飲食業界でも建設業界でも、極めて厳しい情況にあるようです。もちろん震災の影響もあるのでしょうが、私は個人的に「野田不況」ではないかと思っています。野田内閣は9月2日に成立しましたが、この内閣の特徴は始めから「増税路線」でした。野田氏の持論もそうですし、財務省の強い支持を受けていたと言われていることからも明らかです。

民主党政権は震災から半年経ってようやく復興増税を言い出したことになりますが、タイミングとしても内容としても最悪の選択になりそうです。私は震災直後から、いずれ復興費用は足りなくなるので増税か国債発行が必要になる、その場合を見越して被災自治体以外の自治体が自主的に「法定外目的税」を個別に創設してこれに補填すべきだと主張し、市議選でも訴えました。残念ながらこの主張を浸透させることはできませんでしたが、この提案がどこかの自治体で採用されていたならばまったく違った結果になったと思います。

いま震災復興を名目として(その実は財務省の長年の念願として)増税する、しかも所得税と法人税を増税することは、不況を悪化させることにしかなりません。もし増税するにしても、国会議員定数と国家公務員数を大幅削減するなどの歳出削減を同時に実行せねば国民は納得しないでしょう。

新内閣の身勝手な増税論議の当然の結果として、巷では財布の紐を縛ることとなったのです。企業の設備投資も個人の消費も冷え込んだままとなります。さらに年金受給年齢引き上げなどという話が出るに至っては、高齢者はますます守りに入ることでしょう。さらに野田首相は安全運転といいながら、諸外国に対して荒波を立てないがために譲歩につぐ譲歩を実行中です。対米追従の度合いなどは自民党政権そのものです。

政治の機能停止」はいまに始まったことではありませんが、この情況にあってわれわれ国民は耐えることしかできていません。まさに忍耐強さことが日本人の美徳です。しかしいくら耐え忍んだところで、いつか嵐は過ぎ去るのでしょうか?私はそうは思えません。嵐が過ぎ去ったとき、日本国民はすべてを失っていた、では話にならないのです。

この圧倒的に不利な情況においてバタバタと足掻(あが)くこと、無駄と思っても諦めずに抵抗することがいま必要なのです。その足掻きが、日本の潜在的成長力を蘇らせます。すぐに結果はでないでしょうが、いつか必ず光が見える筈です。「がんばろう日本」という言葉が「みんなで耐え忍ぼう」という意味であってはならないと私は思います。この歴史的危機にあたって、積極果敢に攻めることが必要です。

それは、古い制度を改め、アンフェアな利権を断ち、固定観念を捨て、大変革を実現する。そのために自らの弱い心と戦うことに他なりません。
| 本山たかはるの政治論 | 00:17 | comments(0) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - ただ耐えるのではなく、打開するために足掻くべきとき!

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