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中学生のための三島由紀夫入門
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。今年は三島由紀夫が亡くなって45年です。三島は45歳で自決したので、生誕90年になります。

三島由紀夫といえば戦後を代表する文学者です。ノーベル文学賞の候補になったことでも有名で、『金閣寺』などは国語の教科書でも紹介されています。純文学だけでなく戯曲や娯楽小説も書き、映画製作、出演もこなした文字通りのスターでした。

そんな時の人が、「楯の会」という学生を集めた「私設軍隊」をつくり、自衛隊に立て籠もってクーデターを呼び掛けた挙句、武士のごとく切腹したわけですから、当時の人々はたいへんな衝撃を受けました。

当時の人々の多くは、なぜ三島由紀夫がそんな事件を引き起こし、切腹という古臭い方法で自殺したのか理解できませんでした。中曽根防衛庁長官(後の首相)などは、「気が狂ったとしか思えない」と批判しています。文芸評論家の多くは、「三島美学のナルシズムに殉じた」などと分析し、よくある文学者の自殺の一種と捉えようとしました。

しかし後の研究で徐々に明らかになったことですが、三島由紀夫はある時期まで本気でクーデターを起こすつもりでした。それは自衛隊によって国会を占拠し、武力によって憲法改正を実現する、といったものです。三島由紀夫と楯の会は自衛隊による訓練を受けており、それは情報収集の分野(スパイ活動をイメージしてください)にまで及んでいました。

実際、自衛隊幹部の中には三島由紀夫に同調していた人々がいたようです。陸上自衛隊の元陸将補・故山本舜勝(きよかつ)氏も2001年に出版した『自衛隊「影の部隊」三島由紀夫を殺した真実』の中で暴露しています。最終的には自衛隊と三島は決裂し、楯の会5名での挙行となりました。楯の会会員は100名以上いましたが、他の会員にも全く知らされませんでした。

結果的に自決したのは三島由紀夫と、楯の会学生長の森田必勝(まさかつ)の2名だけです。森田は若干25歳での自決となりました。もし三島だけが死んでいれば、事件は文学者の派手な自殺として印象付けられたでしょうが、森田が同道したことで、その政治性が強調される結果となりました。

それにしても、なぜ二人は死ななければならなかったのか。現代を生きる私たちには容易に理解し辛いものがあると思います。三島は高名な作家として世間に対する影響力があったわけですし、石原慎太郎のように政治家になる道もありました。森田などは前途洋々たる若者で、しかも早稲田大学といういわばエリート大学の学生でした。事件に参加した残り3名の楯の会会員も、未来のある若者でした。

にも関わらず、なぜ事件を起こし、二人は死を選んだのか。それは、当時の時代背景を知る必要があります。わが国は第二次世界大戦(大東亜戦争)において米国を中心とする連合国に敗れ、連合国軍の占領を受けます。1951年(敗戦の6年後)、講和条約により形式上は主権を回復しますが、安保条約に基づき米軍は駐留を継続します。そんな中、米ソの対立が激化し、世界を二分する冷戦状態となりました。

冷戦というのは直接戦闘がない中で、情報戦などによる闘争が激しくなっていく状態をいいます。日米安保条約に反対する60年安保闘争、70年安保闘争などは、ソ連の支援を受けており、いわば間接侵略と呼ぶべき実態がありました。西側諸国の多くで共産主義者が労働運動などを通じて政治活動を展開しており、もし米ソで戦争が勃発すれば内部からソ連を支援するであろうことも明らかでした。

もし米ソ戦争の過程でわが国がソ連に占領されればどうなるでしょうか。占領されないまでも、国内の共産主義勢力がソ連の支援を受けて国民を煽動し、政府機能が停止し、革命状態になる可能性は充分ありました。そうなれば、天皇陛下を中心とする日本の国柄も危機に陥ります。そのことを日本の良識派は憂えていたのです。

三島由紀夫と一部自衛官は、むしろその危機に乗じて、治安維持を名目として自衛隊を動かし、反革命、すなわち憲法改正クーデターを起こすことを構想しました。しかし結果的には彼らが予想した以上に反安保闘争は盛り上がらず、自衛隊に治安出動の命令が下る可能性は無くなりました。これが三島と自衛隊の決裂に繋がります。

三島が最も恐れたことは、自衛隊が憲法違反の状態のまま固定化されることでした。自衛隊は国防上、米軍の補完勢力でしかありません。国軍を持たない国家に、自主性はありえません。わが国が正式な国軍を持たないということは、永遠に日本らしさを発揮することはできず、その結果いつしか国家そのものが衰退する、と三島は予見したのです。

楯の会事件の目的は二つありました。一つは、当時の日本国民に衝撃を与え、憲法改正への関心を喚起することです。それは国民全体というよりも、保守的な考えに同調する層に行動を促すものであったと思われます。実際、楯の会事件に触発されて「新右翼」と呼ばれる政治潮流が生まれています。それまでの右翼が親米的であったのに対し、新右翼は反米的な主張を展開していきます。

もう一つは、後世の日本人に対し、「日本国憲法に命がけで反対した日本人がいた」という証拠を残すことでした。日本国憲法は占領期間中にGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が英語で作成し、国会に制定を強要して成立したものです。本来であれば講和成立後に再度改正させるべきでしたが、親ソ連派が国会に一定数存在する限り、改正が不可能でした。(ソ連は米国の属国である日本が弱小国に留まり続ける方が都合が良いため、日本の護憲派を育てました)

三島だけではなく、学生運動出身の森田が自決したことは、「占領憲法」に反対した日本人が存在したことの有力な証明になります。当時の日本人はすんなり属国状態に留まることを受け入れたのではない、少数でも抵抗した者がいたのだということを、誰も無視できない形で後世に伝える必要があったのです。三島はノーベル文学賞候補にまでなった自己の名声を、最大限に有効活用したと言えます。

最近では、世論調査では国民の半数近くまでもが憲法改正に賛成するようになりました。まだまだ自主憲法への道のりは遠いと言わざるを得ませんが、確実に世の中は変わりつつあります。これは楯の会事件が起きた昭和45年=1970年からは考えられない変化です。楯の会事件は決して過去のものではなく、現代を生きる日本人に、いまなお深く問いかけています。

あなたは困難に対し、自ら行動を起こすのか?それとも大勢に流され、自己保身を続けるのか、と。国際社会において何ら主張できない日本。国民が犯罪集団に誘拐されても救出できない日本。祖父母が冤罪で貶められても反論できない日本。すべて、占領期に押し付けられた憲法を後生大事に戴き、何もしないことの言い訳にしてきた結果なのです。

今後ますます、三島由紀夫と森田必勝が投げかけた問いは、私たちに突きつけられることになるでしょう。あなたはその問いに、どう答えますか?
| 本山たかはるの政治論 | 18:37 | comments(0) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 中学生のための三島由紀夫入門
近代政党を建設せよ!
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

今日は、いま私が考えている今後の運動展開について書いておこうと思います。それは、近代政党を建設するということです。以前も書きましたが、日本には近代政党がありません。

日本の政治が迷走する最大の原因は、近代政党が存在しないことです。自民党を保守政党だと思っている人が多いですが、自民党は国民政党であって保守政党ではありません。自民党に思想はないのです。

近代政党の必要性を強くしている倉山満先生の定義によれば、近代政党の要件は「綱領」「組織」「議員」です。このうち「組織」づくりが、保守派全般に弱いところです。保守派は思想では結びつきますが、生活的に結びつかないのですぐに内紛を起こし、バラバラになります。結束力が無いのです。

この「組織作り」というのは非常に労力がいります。金もかかります。しかも少数政党のための組織作りですから、参加者にはメリットがありません。しかしメリットがなければ多くの人は参加しません。思想で飯は食えないからです。多くの人が参加できなければ、それは組織とは呼べません。

次世代の党は歴代の幹事長が離党し、創立党首が任期を残して離党するなど、12月の衆院選以降も潰走を続けています。中山恭子新体制では、来年の参院選へ向けて起死回生の戦略を立てているところでしょう。その中で、私が希望を抱いているのは若き幹事長、和田政宗参院議員です。

この和田政宗という新進気鋭の政治家の下に、次世代の党を近代政党化する組織づくりを展開して行きたいと考えています。組織がなければ、国会議員だけの少数政党は漂流します。離合集散を繰り返し、やがて消滅します。しかしこの小さな火を消してはなりません。

いま日本において近代政党化できる可能性のある組織は次世代の党しかありません。この政党を飛躍させねば、日本政治の再建は50年遅れるでしょう。この激変の時代において、50年の遅れは、国家の滅亡を意味します。いやむしろ、私はいまの日本を滅亡した状態と見ています。いまこそ、日本復活の最後のチャンスなのです。

11月23日、西村眞悟前衆院議員が福岡憂国忌で講演され、同月28日、和田政宗幹事長がイフコン福岡で講演されます。この二つのイベントに主催者側として関われることに、運動家の喜びを感じています。どうか一人でも多くの方に、ご参加いただきたいと思います。

第45回福岡憂国忌 三島由紀夫 森田必勝 両烈士慰霊祭
講演 前衆院議員 西村眞悟先生
場所 筥崎宮 参集殿2階
会費 一般2000円(学生1000円)
主催 福岡憂国忌実行委員会

タウンミーティング「IFCON福岡」
日時:平成27年11月28日(土)14:30−16:30
会場:アスクビル1階
   福岡市区博多博多駅東1−16−25
講師:和田政宗 参院議員
会費:1000円(党員と学生は無料)
| 本山たかはるの活動報告 | 18:12 | comments(0) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 近代政党を建設せよ!
安倍首相にはがっかりだ
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

10月7日、内閣改造が行われ、第三次安倍政権が発足しました。私はこの内閣改造に非常に注目していました。それは、今年の6月に福岡市役所で開催した救う会九州の集会で、安倍総理宛の要望書(決議文)を山谷大臣(当時!)に託していたからです。

その決議文の肝は、防衛相と拉致担当相の兼務を求めるものでした。当日は山谷大臣だけでなく、総理の最側近の一人である衛藤首相補佐官も来ておられましたので、要望書はきっと総理に渡っているものと確信していました。

ちなみに家族会と全国協議会は専任の拉致担当相を求めていました。しかし結果は、7つの特命担当相兼務でした。過去の拉致担当相は、初期は官房長官兼務が多く、後半は国家公安委員長兼務が多くなっていました。今回が一番「軽い」のです。

拉致被害者家族会の元事務局長である増元照明さんも、「総理の気持ちがわからない」と嘆いています。



私が知る限り、安倍政権を支えてきた保守言論人の多くも、今回の閣僚人事を批判しています。明らかに、北朝鮮に誤ったメッセージを伝えるものだからです。

私自身は安倍晋三という政治家に何か期待をしたことはありません。支持したこともありません。しかし、多くの心ある国民、拉致被害者家族は、安倍首相を信じて来たのです。それを裏切ったことは許せません。

こうなったら、安倍政権のウルトラCは北朝鮮への自衛隊派兵しかないでしょう。しかし安保法制ごときで大騒ぎになった永田町で、そういう決断ができるでしょうか。できないでしょう。しかしやってもらわねば、日本は取り返しのつかない傷を負うことになります。

拉致被害者を放置することは、亡国です。いままさに国が亡ぼうとしています。
これをただ傍観せねばならないとは、私たちは、なんとむごい時代を生きているのでしょうか。…
| 本山たかはるの活動報告 | 00:20 | comments(0) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 安倍首相にはがっかりだ
右派も左派も憲法典を絶対視しすぎである


皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

先日、安保法制賛成派に取材をしたいということで、救う会福岡の街頭署名活動を紹介させていただきました。そこで、私自身もインタビューを受けましたので思うところを述べた次第です。

これは何度もツイッターなどでも主張してきたことですが、安保法制に関しては消極的に賛成しております。むしろもっと進んだ法律を作るべきだと考えています。中でも問題は、安倍総理が国会答弁で「安保法制ができても拉致被害者を救出できない」と述べたことです。

私は従来より、拉致被害者は自衛隊によって武力奪還すべきだと主張しております。少なくとも、それを可能とする体制を整えなければ、北朝鮮と交渉などできないのです。拉致問題を最優先課題と掲げる安倍政権が、この安保法制によって拉致被害者奪還を可能としなかったことは甚だ不可解です。

そもそも安保法制成立の背景には、アメリカの多極化政策があると言われています。これも私が従来主張してきたことで、予想通りの流れです。アメリカが撤退する方向である以上、日本の防衛には日本が責任を持たねばなりませんし、東アジアの秩序維持に貢献しなければなりません。安倍総理は米国議会での演説で、米軍の肩代わりを約束して拍手喝采を受けたのです。

私はこの流れを、日本独立の好機と見ています。確かに、日米両軍の一体化が進むという側面もあるでしょう。安倍政権の舵取りは非常に危うい。それでもなお、この困難を受け入れ、自立を目指すべきだと考えます。

今後日本は国際的使命を果たすべきではありますが、拉致問題くらい解決できずに国際貢献もありません。従って、政府は直ちに自衛隊を差し向けて拉致被害者を奪還すべきです。

私がこう主張すると、「いまの憲法下ではできない」と改憲派も護憲派もいいます。これは驚くべきことです。国民が浚われて救出するのは完全に自衛権の範囲内です。自然権である自衛権を制限するなど、憲法としてありえません

憲法は国家権力を縛るという機能がありますが、それは国家権力が国民の生命財産を脅かすことを防ぐためです。その国民の生命と財産を守ることは、憲法が命ずる国家権力の任務なのです。国民を救出しない今の政府の無為こそ、憲法違反と指弾されるべきでしょう。

そういう意味のことを、インタビューで述べました。
| 本山たかはるの活動報告 | 18:49 | comments(0) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 右派も左派も憲法典を絶対視しすぎである

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