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中学生のための三島由紀夫入門
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。今年は三島由紀夫が亡くなって45年です。三島は45歳で自決したので、生誕90年になります。

三島由紀夫といえば戦後を代表する文学者です。ノーベル文学賞の候補になったことでも有名で、『金閣寺』などは国語の教科書でも紹介されています。純文学だけでなく戯曲や娯楽小説も書き、映画製作、出演もこなした文字通りのスターでした。

そんな時の人が、「楯の会」という学生を集めた「私設軍隊」をつくり、自衛隊に立て籠もってクーデターを呼び掛けた挙句、武士のごとく切腹したわけですから、当時の人々はたいへんな衝撃を受けました。

当時の人々の多くは、なぜ三島由紀夫がそんな事件を引き起こし、切腹という古臭い方法で自殺したのか理解できませんでした。中曽根防衛庁長官(後の首相)などは、「気が狂ったとしか思えない」と批判しています。文芸評論家の多くは、「三島美学のナルシズムに殉じた」などと分析し、よくある文学者の自殺の一種と捉えようとしました。

しかし後の研究で徐々に明らかになったことですが、三島由紀夫はある時期まで本気でクーデターを起こすつもりでした。それは自衛隊によって国会を占拠し、武力によって憲法改正を実現する、といったものです。三島由紀夫と楯の会は自衛隊による訓練を受けており、それは情報収集の分野(スパイ活動をイメージしてください)にまで及んでいました。

実際、自衛隊幹部の中には三島由紀夫に同調していた人々がいたようです。陸上自衛隊の元陸将補・故山本舜勝(きよかつ)氏も2001年に出版した『自衛隊「影の部隊」三島由紀夫を殺した真実』の中で暴露しています。最終的には自衛隊と三島は決裂し、楯の会5名での挙行となりました。楯の会会員は100名以上いましたが、他の会員にも全く知らされませんでした。

結果的に自決したのは三島由紀夫と、楯の会学生長の森田必勝(まさかつ)の2名だけです。森田は若干25歳での自決となりました。もし三島だけが死んでいれば、事件は文学者の派手な自殺として印象付けられたでしょうが、森田が同道したことで、その政治性が強調される結果となりました。

それにしても、なぜ二人は死ななければならなかったのか。現代を生きる私たちには容易に理解し辛いものがあると思います。三島は高名な作家として世間に対する影響力があったわけですし、石原慎太郎のように政治家になる道もありました。森田などは前途洋々たる若者で、しかも早稲田大学といういわばエリート大学の学生でした。事件に参加した残り3名の楯の会会員も、未来のある若者でした。

にも関わらず、なぜ事件を起こし、二人は死を選んだのか。それは、当時の時代背景を知る必要があります。わが国は第二次世界大戦(大東亜戦争)において米国を中心とする連合国に敗れ、連合国軍の占領を受けます。1951年(敗戦の6年後)、講和条約により形式上は主権を回復しますが、安保条約に基づき米軍は駐留を継続します。そんな中、米ソの対立が激化し、世界を二分する冷戦状態となりました。

冷戦というのは直接戦闘がない中で、情報戦などによる闘争が激しくなっていく状態をいいます。日米安保条約に反対する60年安保闘争、70年安保闘争などは、ソ連の支援を受けており、いわば間接侵略と呼ぶべき実態がありました。西側諸国の多くで共産主義者が労働運動などを通じて政治活動を展開しており、もし米ソで戦争が勃発すれば内部からソ連を支援するであろうことも明らかでした。

もし米ソ戦争の過程でわが国がソ連に占領されればどうなるでしょうか。占領されないまでも、国内の共産主義勢力がソ連の支援を受けて国民を煽動し、政府機能が停止し、革命状態になる可能性は充分ありました。そうなれば、天皇陛下を中心とする日本の国柄も危機に陥ります。そのことを日本の良識派は憂えていたのです。

三島由紀夫と一部自衛官は、むしろその危機に乗じて、治安維持を名目として自衛隊を動かし、反革命、すなわち憲法改正クーデターを起こすことを構想しました。しかし結果的には彼らが予想した以上に反安保闘争は盛り上がらず、自衛隊に治安出動の命令が下る可能性は無くなりました。これが三島と自衛隊の決裂に繋がります。

三島が最も恐れたことは、自衛隊が憲法違反の状態のまま固定化されることでした。自衛隊は国防上、米軍の補完勢力でしかありません。国軍を持たない国家に、自主性はありえません。わが国が正式な国軍を持たないということは、永遠に日本らしさを発揮することはできず、その結果いつしか国家そのものが衰退する、と三島は予見したのです。

楯の会事件の目的は二つありました。一つは、当時の日本国民に衝撃を与え、憲法改正への関心を喚起することです。それは国民全体というよりも、保守的な考えに同調する層に行動を促すものであったと思われます。実際、楯の会事件に触発されて「新右翼」と呼ばれる政治潮流が生まれています。それまでの右翼が親米的であったのに対し、新右翼は反米的な主張を展開していきます。

もう一つは、後世の日本人に対し、「日本国憲法に命がけで反対した日本人がいた」という証拠を残すことでした。日本国憲法は占領期間中にGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が英語で作成し、国会に制定を強要して成立したものです。本来であれば講和成立後に再度改正させるべきでしたが、親ソ連派が国会に一定数存在する限り、改正が不可能でした。(ソ連は米国の属国である日本が弱小国に留まり続ける方が都合が良いため、日本の護憲派を育てました)

三島だけではなく、学生運動出身の森田が自決したことは、「占領憲法」に反対した日本人が存在したことの有力な証明になります。当時の日本人はすんなり属国状態に留まることを受け入れたのではない、少数でも抵抗した者がいたのだということを、誰も無視できない形で後世に伝える必要があったのです。三島はノーベル文学賞候補にまでなった自己の名声を、最大限に有効活用したと言えます。

最近では、世論調査では国民の半数近くまでもが憲法改正に賛成するようになりました。まだまだ自主憲法への道のりは遠いと言わざるを得ませんが、確実に世の中は変わりつつあります。これは楯の会事件が起きた昭和45年=1970年からは考えられない変化です。楯の会事件は決して過去のものではなく、現代を生きる日本人に、いまなお深く問いかけています。

あなたは困難に対し、自ら行動を起こすのか?それとも大勢に流され、自己保身を続けるのか、と。国際社会において何ら主張できない日本。国民が犯罪集団に誘拐されても救出できない日本。祖父母が冤罪で貶められても反論できない日本。すべて、占領期に押し付けられた憲法を後生大事に戴き、何もしないことの言い訳にしてきた結果なのです。

今後ますます、三島由紀夫と森田必勝が投げかけた問いは、私たちに突きつけられることになるでしょう。あなたはその問いに、どう答えますか?
| 本山たかはるの政治論 | 18:37 | comments(0) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 中学生のための三島由紀夫入門
私の憲法前文案「日本独立憲法」
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

今年実施された次世代の党による憲法前文公募に投稿した、憲法前文案を公表します。公募の方はまったく引っかかりませんでした。

日本独立憲法前文(案)

われら日本国民は、独立国家を再建するにあたり、長い歴史を貫く不文の国体をここに確認する。それは、実り豊かな日本列島に、神話の昔より続く皇室を戴き、度重なる外冦を退けながら、進んで文物を取り入れ、類なき文明を築いた先人の歩みを、またわれらも歩もうとする決意の確認である。

そう遠くない過去に、われらの祖国は滅亡に瀕し、自由と独立を失った。この憲法が制定されることは、封印されてきた日本の自由と独立が、正しく回復されたことの証しである。ゆえに、われらは国家を構成する一員としての使命と責任を果たすことを、天に誓う。

わが国は世界に対し、果たすべき使命を有するものと信じる。それは、非道な暴力や不当な差別から、弱き人々を助けることに他ならない。われらは勇気ある日本国民の後継として、先達に恥じることなき国家を建設する。

わが政府は、常に憲法の条文を確認し、憲法の精神に則って政治を司らねばならない。政府は国民によって構成され、政治は国民の負託によって執行される。国民の自由は、この憲法を通じて全うされねばならない。

独立日本はわれらの理想、われらの矜持である。日本の名においてわれらは団結し、日本のために犠牲を厭わず、あらゆる営為は次世代日本のために準備される。日本において国家と国民は一つであることを、永遠に変わらぬ誓いとすべく、ここに記す。


以上です。

帝国憲法は天皇陛下が神々に誓う、という体裁でしたが、私の憲法案は日本国民が天に誓う、という形式です。主語が日本国民である、という点においてはマッカーサー憲法と同じですが、これは形式だけでは無意味です。

本質論でいえば、帝国憲法の方が「国民による憲法」と言えました。大日本帝国憲法はまさに、国民が血と汗を流して獲得したものだからです。明治天皇が憲法を発布されたのは、そのような国民の戦いを象徴する行為に他ならなかったのです。

さて、安倍政権は集団的自衛権の行使を可能とする法律改正、さらには日本国憲法改正をめざしています。国際情勢からして、これらの動きは必要不可欠なものです。しかし、弥縫策に過ぎません。拙速な改憲運動は、却ってその敗北によって属国体制に正統性を与える可能性について考慮すべきです。

それよりも、私は現実の自主的な軍事行動によって、実質的に現憲法を無効化し、不文憲法を活性化させ、それによって変更された現状を追認する形での自主憲法制定が望ましいと考えています。それはあと数十年かかるかも知れないし、来年には成し遂げられるかも知れない。

憲法改正という形ではなく、独立という実質を追求すべき、というのが私の考えです。
| 本山たかはるの政治論 | 23:57 | comments(0) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 私の憲法前文案「日本独立憲法」
船と国家
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

韓国南西部、珍島沖で発生した旅客船セウォル号の沈没事故を巡り、韓国では首相が辞任するという事態に至りました。ひとつの海難事故が、体制を揺るがしています。朴槿恵大統領への批判は、東日本大震災・福島原子力災害時の菅直人首相への批判と重なるものがあります。

私もこのブログで繰り返し主張してきたことですが、リーダーの仕事でもっとも重要なことは危機管理です。とくに政府のリーダーともなれば、その国の存続に関わる危機に直面するわけです。韓国のセウォル号沈没事故じたいは韓国の存続に直結する危機ではありませんが、この海難事故への対応を見て、韓国国民が大統領を信任しないことは肯けます。彼女はこの先も、リーダーとしての判断を誤ることでしょう。

さて、それよりも今回の海難事故から私たちが学ぶべきことは他にあります。それは、一隻の船は国家に見立てることができるということです。国家もまた、あの客船のように、あっという間に傾き沈むことがあります。船長や船員が判断を誤れば、乗客の多くは死んでしまうのです。

船長を政治指導者、船員を公務員、乗客を国民に例えたとき、この海難事故が韓国特有のものであると看做すことはできません。わが国もセウォル号と同じです。船長や船員が義務を放棄すれば、冷たい海に沈むのはわれわれ国民なのです。日本の将来が暗いという話をするとき、海外に移住することが合理的だという人がいます。まったくその通りです。税制の問題だけ考えても、国内に留まることは賢い選択ではありません。それを誰よりも知っているのは政治指導者であり、公務員でしょう。実際に世界には、富者の子弟ほど外国に移住する傾向のある国が存在します。

わが国の政治指導者や公務員が船を棄てて逃げ出しているという話は、幸いにもまだ耳にしていません。それは、わが国がまだ座礁していないからなのか、彼らが義務を果たそうとしているからなのかはわかりません。しかし言えることは、わが国は嵐の海を航行しているということです。もしこの船が座礁、あるいは転覆したとして、すぐ助けに来てくれる僚船はありません。

われわれ国民は船長や船員の挙動をよく監視しておく必要があります。彼らがその義務を果たすように、また義務を果たせないときは、われわれ乗客の中から、船長や船員を出さねばなりません。民主国家において、船長と船員と乗客の境目は曖昧なのです。

船は簡単に沈みます。国家もまた同じです。そんなことを考えさせられる事件でした。
最後になりましたが、未来を奪われた隣国の青年たちに、心から追悼の意を表します。
| 本山たかはるの政治論 | 11:39 | comments(0) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 船と国家
天皇と原発アノミー
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

この頃世間を騒がせている「山本太郎園遊会直訴事件」について思うところを書いておこうと思います。



山本太郎参院議員が天皇陛下に対し「直訴」のための手紙を手渡したことについて様々な批判が寄せられていますが、私は(twitterに書きましたが)2つの観点から(山本議員の行為には)問題があると考えています。

第一に、「君主に対する直訴は死を伴わなければならない」という歴史的観点です。君主=統治者は、全ての物事を知っているということが前提ですから、その統治者に何かを伝え、行為の変更を促すということは、統治者に対して異を唱えるということになります。これを臣下が行えば、「諫言」となり、あるいは「諫死」となります。直訴するという行為は、殺されても構わない、という覚悟が必要であり、山本太郎参議院議員の言動から、死の覚悟を見出すことは困難です。

第二に、天皇陛下は直訴すべき対象か、という近代法学的観点です。言うまでもなくわが国は立憲君主国です。天皇制を維持しながら、立憲主義を採用しています。これは戦後始まったことではなく、明治の大日本帝国憲法以来の、わが国の国体(国の基本的形)です。そこで天皇陛下には政治的責任はなく、政策決定の権限もありません。山本太郎が重視している原発廃止は政策であって、天皇陛下が関与すべき問題ではありません。つまり山本太郎は参議院議員として、自らが所属する立法府の権限と責任を放棄したことになるのです。

上記2点は誰でもすぐに思いつく批判です。しかし一方で、私は山本太郎の行為に言い知れぬ興味を覚えました。山本太郎といえば選挙戦に極左グループが参加するなど、左派的な傾向が強いと見られています。今回の「直訴」についても、天皇陛下の御存在を軽視するものだという批判が保守派からなされています。果たしてその批判は正確なのでしょうか?

もしかしたら山本太郎は単に無知で幼稚(これだけで国会議員たる資格は疑わしいのですが)なのであって、心底「原発を止めねば国が滅びる。原発を止められるのはもはや陛下だけだ」と確信して、(殺されるほどの重大行為とは知らずとも)批判を恐れず、天皇陛下に直訴したのかも知れません。つまり山本太郎は、無自覚な勤王家なのかも知れない。とすれば、保守派の批判も、左派の擁護も、的外れなのかも知れません。

実際に山本太郎が天皇陛下に対する尊崇の念を持っているのか、毛ほども持っていないのか、心の裡はわかりません。しかし彼の実体が無知で幼稚であればあるほど、天皇陛下に直訴するという行為そのものに、日本民族の精神という観点から興味を覚えるのです。

さて原発問題に関して、最近私が思うのは「原発アノミー」です。アノミー(anomie)とは、直訳すれば「無規範状態」です。

故小室直樹博士はこう書いています。「規範がなければ、ひとはなにをすべきかが分からずに途方にくれるばかりである。五里霧中になるだけである。アノミー(anomie)である。ひとは、このような心的状況に耐えることはできない。正常な人が最も狂的行動に走ることになる」(『歴史に観る日本の行く末』青春出版社刊)と。

3・11の福島原子力災害によって、わが国には「原発アノミー」が生じているのではないでしょうか。原発アノミーは、戦後日本の安全神話を崩壊させ、ひいては政府に対する国民の信頼を崩壊させました。否、まだ崩壊させつつある、といった方が正確かも知れません。

そのような中、突如として小泉元総理が脱原発を唱え始めました。



これは、少なくとも原発維持派(推進派)にとっては青天の霹靂であり、今後の重大な脅威となるものではないでしょうか。また、安倍政権支持者にとっても、事実上安倍首相の後見人の一人であった筈の小泉元首相の「耄碌」は、安倍政権の致命傷となることを心配せずには居られないでしょう。

なぜ小泉首相が脱原発を唱え始めたのか。これは私にとっても謎でしたが、田中宇氏の記事を読んで、腑に落ちるものがありました。

そもそも原子力発電は、アメリカによって日本にもたらされたものです。原発アノミーは、アメリカ支配アノミーに発展する可能性があります。国防の観点からも、日米安保体制はあてにならないものになりつつあります。例えば尖閣諸島の領有権は、日本の安全保障上「死活的に重要な地政学的価値」に関わります。しかし尖閣諸島を実効支配するための支那共産党軍の行動に関して、アメリカ軍が日米安保を発動する可能性はありません。

わが国の官僚支配体制を維持したい人々にとって、日米安保の盤石性を疑うことは許されないことです。しかし国民の間にはアメリカに対する不信感が広がり、安全に対する不安が広がりつつあるのではないでしょうか。だからこそ、従来原発推進派であった保守派の中にも、脱原発派が増えつつあるのではないでしょうか。

もともと保守主義、あるいはナショナリズムと原発推進政策は何の関係もありません。しかし冷戦構造の中で、伝統的に原発推進と反対は左右で色分けされて来ました。その色分けは3・11以降、混沌としており、混乱の度合いは増すばかりです。まさにこれも原発アノミーです。

さて、原発を維持すべきか、将来的に全廃すべきか。わが国は民主国家ですから、最終的には国民が決めるべきです。具体的には、国民の意思を代表する立法府が決めるべきでしょう。しかしその意思決定には前提が必要です。それは、正確な情報です。原発の問題はどこにあるのか、放射線はいかに管理されるべきなのか、漏洩した放射線は人体にいかなる影響を及ぼすのか、まさに百家争鳴、様々な情報が溢れています。

信じるべき情報がわからない。これもアノミーの特徴と言えるでしょう。正確な情報が不明である以上、国民も原発を維持すべきか全廃すべきか、判断しようがないのです。ということは、正確な情報を得られる状態にすることが、国民の幸福のためにも急務なのです。

われわれ日本国民が生きるために最も必要なことは政策論争ではなく、まず政府から独立することではないしょうか。最後に、宮内庁ウェブサイトで公開された『五箇条の御誓文』原文を掲げて記事を終えます。

| 本山たかはるの政治論 | 11:46 | comments(0) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 天皇と原発アノミー
東京オリンピックと震災復興
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

先日、我々団TVというUSTREAM番組に出演し、オリンピックと震災復興について議論しました。

2020年に東京でオリンピック・パラリンピックが開催されることが決まったわけですが、これによって東北の震災復興が遅れる、あるいは、復興していないのに復興したことにされてしまうのではないか、という危惧する声があるようです。

この問題を考えるときに、そもそも何をもって復興と呼ぶのか、という定義が重要になります。例えば津波で壊滅した街が、そっくりそのまま再現されるということはありえないわけです。南三陸町などは高台移転が進んでいるようですが、高台にまとまった土地があるわけではないので、住宅街がバラバラに形成されることになります。

インフラの問題、経済活動の問題から考えても、課題の多い復興計画であるように思えます。まさに共同体の危機です。原発事故のあった福島県などは、いつになったら元の土地に戻れるのかすら分かりません。

ふつうに考えれば、東日本大震災の復興は7年ではとても済まないでしょう。しかし、わが国はオリンピックを国を挙げて招致し、実際に選ばれました。ということは、世界に恥をかかないためにも、これから7年以内に復興を成し遂げねばならないのです。

私の考える復興は、被災者、被災地域の自立です。募金や、行政からの金銭的支援がなくても、被災地において人々が経済活動を行い、自ら得た収益で生計を立てることができる。これが自立です。

また、少なくとも全ての仮設住宅は不要になっていなければならないでしょう。原発周辺地域については、立ち入り禁止区域が廃止されていなければならないでしょう。福島第一の原子炉は完全に封印され、放射線が漏れない状態となり、周辺の放射線量が国際的安全基準を満たす状態になっていなければなりません。

もし2020年の東京五輪が決まっていなければ、復興の「期限」はずるずると引き伸ばされ、ついに復興しなかった、ということもあり得たでしょう。しかしこの目標ができたことで、復興は加速するでしょうし、加速させねばならなくなったのです。

7年後、わが国が世界に堂々と復興の姿を示し、同時に、復興支援の手を差し伸べてくれた国々に感謝を述べることができるでしょう。日本人ならそれができる。私は、そう考えます。
| 本山たかはるの政治論 | 21:57 | comments(0) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 東京オリンピックと震災復興
68回目の「敗戦の日」に
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

本日は、わが日本が大東亜戦争に敗れた日です。戦後は68年となりました。先日、旧陸軍将校の方の講話を聴く機会がありましたが、その方は「陸軍は負けていない。戦わずして、余力を残して終戦となった」と仰っていました。これも歴史の一面でしょう。

私たちは兎角、先の大戦は悲惨な戦争だった。無謀な戦いだったと教えられて来ました。もう二度と、あのような戦争を起こしてはならない、というのが一億国民の合言葉となりました。左右の党派を問わず、平和主義が国是となったわけです。

しかし事実、まだ日本軍にも日本国民にも余力はありました。あの戦争は必ずしも無謀な戦いではありませんでした。悲惨な面もありましたが、全面的に悲惨なだけの戦争ではありませんでした。戦後日本は大東亜戦争を全否定するばかりで、そこから教訓を得ようとすらしてこなかったのです。

昭和天皇の御聖断によって、大日本帝国は有条件降伏しました(帝国陸海軍は無条件降伏)。降伏の条件とは「日本の国体を変更しないこと」でした。しかしその条件を連合国は踏みにじり、マッカーサー憲法を押し付けたのです。さらに情報操作によって、日本人は戦前の日本を全否定してしまいました。自ら、全否定したのです。

私はこれまで、現在の日本が戦前を全否定することは間違っていると説いてきました。しかしそれは戦前を全肯定することではありません。戦後を全否定することでもありません。わが国の近代化の歩みをどうとらえ、その延長線上にある現在をどう評価するか、という問題です。

私が提唱してきたのはいわば「独立戦争史観」です。明治維新に始まる近代日本は、国家の独立のために戦争を行ってきました。国内における改革も、経済発展も、すべて独立のためでした。大東亜戦争におけるアジア植民地解放も、究極的には日本の独立のために必要だったのです。

日本は大東亜戦争に敗れ、連合国軍に占領されました。サンフランシスコ平和条約によって主権が回復したとされた以降も、アメリカ軍は駐留を続けました。世界が核兵器によるパワーバランスの時代に入っても、旧枢軸国だけは核武装が許されず、現在もその状況が続いています。

長らくアメリカに保護されてきた日本に危機が訪れています。アメリカは世界覇権のコストを負担するのを嫌い始めました。メリットとデメリットのバランスがとれなくなったからです。替わりに、東アジアに関しては共産中国にマネジメントさせようとしています。日本はアメリカの支配を離れると同時に、次は共産中国の属国に堕ちるのです。

もう負けてはならないのです。このままでは日本は戦わずして、また負けるのです。私は靖国神社や護国神社に参拝する度に、英霊に対し「次は負けません」と誓って来ました。

本日、ウェブサイト「日本独立運動」を開設しました。まだ中身はカラッポのウェブサイトですが、これから徐々に情報を蓄積していきます。新しい戦いは、情報戦から始まります。「日本独立運動」は同志を求めています。党派は問いません。ただ一点、日本独立のために戦う同志を求めています。

日本独立運動 http://www.sejp.net/
| 本山たかはるの政治論 | 14:06 | comments(0) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 68回目の「敗戦の日」に
憲法無効論の神学論争に終止符を
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

あっという間と言うべきか、漸くと言うべきか、総選挙が終わりました。結果はご存じの通り自民党の圧勝。しかしざっと見る限り、自民党が得票を伸ばしたというより、前回の「政権交代選挙」において民主党を勝利に追いやった「無党派層」がごっそり投票権を放棄し、自民・公明が組織票で競り勝った印象です。

そして自公の選挙協力は前回以上だったようですので、連立政権の枠組みも自公で、となるでしょう。一方で維新の会が(比較第2党となった)民主党に迫る勢いでしたので、将来的には連立に入る可能性も捨てきれません。そうなればいよいよ、憲法改正への道筋が見えて来ます。

私は従来、憲法無効論の立場を採って来ました。現在の「日本国憲法典」は占領下に違法に制定されたもので、この憲法典の改正条項によって改正するのではなく、いったん破棄ないし無効宣言して新憲法を制定すべき、と言う立場です。この憲法無効論というものは一般向けにはわかりにくい議論で、「破棄」と「無効宣言」でも立場が違います。また、破棄あるいは無効とした場合に帝国憲法の改正条項によるべきか、単に新憲法制定で良いのか、と言う点でも対立があります。

つまり「新憲法をつくろう」という人たちの中にも、手続き論を巡って激しい議論があるのです。無効論の立場からすると、現在の改正条項に従って改正してしまうと「無効である筈の現憲法を有効と追認してしまうことになる」という危惧があるわけです。また現実的に、現憲法典が「硬性憲法」である、つまり改正のハードルが異常に高いので、国会決議で乗り切るしかない、という考えもあります。(石原慎太郎氏がこの立場です)

また、三島由紀夫氏の場合は自衛隊によるクーデター(国会占拠)によって憲法改正を強行することを考えていました。具体的には、全共闘などによる首都騒乱状態になった機会を利用して自衛隊が治安出動し、そのまま政府中枢機能を掌握して憲法改正を行わせ、直接行動を正当化する、というようなシナリオでした。現在の憲法は「占領軍」という強大な軍事力を背景にして成立させられたわけですから、武力によって再度憲法を全面改正する、というのはそう突飛な発想ではありません。

ところで憲法は、そもそも2階層になっています。不文憲法と、憲法典です。不文憲法とは文書に明示されない「国家の基本的な形や慣習」であり、憲法典は文書の形式をとる基本法です。そして憲法学において、不文憲法は憲法典に優先します。しかし国家が特殊な状況下にある場合、例えば他国に占領されて主権が制限されている場合などに、不文憲法は機能しません。

ここに、なぜ日本が戦後60年以上にわたって憲法典の一条一句を変えられなかったのかという答えがあります。わが国は法律上はサンフランシスコ平和条約によって主権を回復したことになっており、占領軍は「安全保障条約」に基づいてわが国内に駐留することとなっています。しかし現在でも米軍機はわが国の領空を自由に通行でき、米軍施設は自衛隊よりも好条件の立地を占有しています。思いより予算や地位協定に触れるまでもなく、米軍は現在も「事実上の占領軍」です。外交においても、国内政策においても、わが国政府は米国の意向に反することは殆どありません。

しかしここ数年で、状況は大きく変わってきました。米国民と米国政府は、全世界に展開する米軍を本国に召還したい、と考えるようになりつつあります。それは在日米軍についても例外ではなく、海兵隊がグアムへ移転することは決定事項です。対支那防衛のために米軍撤退を危惧する声がわが国保守層にはありますが、今後日本が単独で支那の脅威に対抗せねばならないことは確実なのです。

先ほどの「憲法無効論」について、さいきん私は次のように考えるようになりました。

≪GHQが制定した『日本国憲法典』の不文憲法に反する条文は無効であり、不文憲法に即した条文は有効である。そして一部条文の無効は、わが国が真の主権を回復した際に確認可能となる。真の主権を回復した時とは、日米安保が解消されるか、日米間に双務的軍事同盟が新たに締結された時である。≫

具体的に「不文憲法に反する条文」と「即した条文」が何なのかは詳しく詰めていく必要があるでしょうが、現在の法曹界にその作業を望むことは難しいでしょう。しかし大雑把に言って「国家の自衛権を否定する9条は不文憲法に照らして無効」とか、「国民国家としての民主的手続きを定める、普通選挙に関する条文は有効」などと判別することは可能です。

憲法改正において、条文をどうするとか手続きをどうする、というのは本来どうでも良いのです。問題は、現在わが国が独立国家ではない、ということです。属国の立場で憲法改正をしても宗主国(米国)の意向に沿った改正しかできないでしょうし、その状況で(そもそも論としての)憲法無効論に関する議論を繰り返してもあまり意味がありません。

さて安倍次期政権の仕事については経済政策ばかりが取りざたされています。私は正直言って安倍総裁の経済政策に関する主張には大きな危惧を抱いていますが、憲法問題に関しては突破口を開く可能性を感じています。いわゆる護憲派と呼ばれる政治勢力がこれほど衰微した衆議院というのは過去にあったでしょうか。少なくとも、国会が「憲法改正を発議」できる可能性が出てきました。

「日本国憲法典」を(いまさら)全面的に無効ということは現実的に困難です。「米軍による占領状態の解消」へ向けた状況変化を睨みながら、われわれ日本人は実質的な新憲法制定へ向けて準備を始めるべきではないでしょうか。それが、改正条項の改正のみ、からでも良いのではないかと考えはじめています。
| 本山たかはるの政治論 | 20:19 | comments(0) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 憲法無効論の神学論争に終止符を
ネット選挙禁止説の押し付けは憲法違反だ!
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

いよいよ総選挙が公示されました。公示を前にして、多くの候補予定者が「公示前最後の書き込み」を行っているのを確認し、滑稽に感じるとともに暗澹たる気持ちになります。候補者だけならまだしも、政治系のブログを運営している人や、ふだん政治活動に携わっている人までもブログやSNSの更新を「停止宣言」する始末。ほとほと呆れました。

これまでも繰り返し主張してきましたが、ネット選挙禁止というのは「一説」でしかありません。司法の場で判断されていない以上、私の「ネット選挙合法説」と同じ価値しかありません。そんなものを金科玉条のごとく有難がるのは奴隷根性ではないでしょうか?

私は検察にも明言しましたが、そもそも行政による「ネット選挙禁止説」の押し付けは憲法違反の疑いがあります。日本国憲法第21条の規定は次の通りです。「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」。言論の自由とは、この「表現の自由」の根幹をなすものです。

公職選挙法は選挙における「言論」を規制していますが、その規制は目的(公正な選挙の実現)に照らして限定的なものです。言論の自由はまさしく民主主義の根幹をなすものであって、これが制限される環境に民主主義は成立しません。そして憲法とは、政府を規制する「基本法」ですから、行政府がこれに違反することは厳しく戒められるべきことです。

総務省は素直に、「ネット選挙が違法かどうかは自分たちが判断することではない」と宣言すべきでしょう。そうでないと、そのうち憲法違反で訴えられることになるかもしれません。

(同じ趣旨の記事をアゴラに投稿し、掲載されました)
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けいさつかんのおしごと
殺害された三好梨絵さん
▲殺害された三好梨絵さん

皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

今日は神奈川県逗子市で発生したストーカー殺人について考えてみたいと思います。先ずは下記記事をご一読下さい。

【ストーカー殺人:「警察動いてくれない」…被害女性が悩み】
http://mainichi.jp/select/news/20121113k0000e040186000c.html

神奈川県逗子市で元教員の小堤英統(こづつみ・ひでと)容疑者(40)が以前交際していたフリーデザイナーの三好梨絵(りえ)さん(33)を殺害し自殺したとみられる事件から13日で1週間。三好さんは事件の3カ月前、「警察が動いてくれない。対応が変わってほしい」とカウンセラーに訴えていた。県警逗子署は自宅周辺のパトロールを続けていたが、結果的に凶行を防げなかった。

NPO法人「ヒューマニティ」理事長でカウンセラーの小早川明子さん(53)は昨年6月、三好さんと会い嫌がらせメール被害の相談を受けた。小堤容疑者が脅迫容疑で逮捕されて2週間後だった。勾留期限が迫り、小早川さんは検事に起訴を求めるようアドバイスした。逗子署が逮捕状を示す際、自分の現姓を読み上げたことを三好さんは知り「警察から謝罪を受けた」と不安そうだった。今春、三好さんは再び、小堤容疑者から短期間に1000通以上のメールが来たため、小早川さんに電話で相談。警察に行くようアドバイスした。その後、三好さんは「ストーカー規制法違反に当たらず何もできないと言われた。おかしい」と報告した。

逗子署によると、三好さんは5月末、「メールが来なくなったので静観したい」と署に伝え、署の求めで、その旨を上申書として提出した。だが、8月に小早川さんが連絡を取ると、三好さんは「本当に警察が動いてくれなくて困るんです」と嘆いていた。小早川さんは自分にできたことがあったのではと思う一方、「三好さんは加害者に対する不安と同時に、警察が危機感を共有してくれない不安を抱えていた」と逗子署を批判。裁判所がストーカー加害者の行為を禁止する仕組みが必要だと訴えた。
(毎日新聞)

【警察庁長官“メール規制は検討課題”】
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121108/k10013346971000.html

神奈川県逗子市で、男がストーカー行為の末に元交際相手の女性を殺害し自殺したとみられる事件に関連し、メールを執ように送る行為が明確にはストーカー規制法の対象になっていないことについて、警察庁の片桐長官は「非常に大きな検討課題だ」と述べ、法改正も含めて検討を行う考えを示しました。

この事件で、東京・世田谷区の小堤英統容疑者(40)は、以前、交際していた女性を刃物で刺して殺害したあと自殺したとみられ、去年「絶対に殺す」などという内容のメールを送ったとして脅迫の罪で有罪判決を受けるなどしていました。
しかし、小堤容疑者は再び嫌がらせのメールを送りつけるようになり、その数はおよそ半月の間に1000通以上に上りましたが、現在のストーカー規制法では、メールは執ような電話やファックスの送りつけのように明確な規制の対象ではなく、脅迫的な内容でもなかったため警察は検挙や警告をできなかったということです。
これについて、警察庁の片桐長官は会見で「メールが規制対象になっていないことはご指摘の通りで、今後法律にどう位置づけるかは非常に大きな検討課題だ」と述べ、今後、法改正も含めて検討を行っていく考えを示しました。
(NHK)


私はこのニュースをテレビで見たとき、強い憤りを覚えました。警察の怠慢によって、ひとりの女性が命を落としたのです。犯人は罪を償うことなく自殺しました。

念のためストーカー規制法の条文を確認してみましょう。

第二条  この法律において「つきまとい等」とは、特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、当該特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な関係を有する者に対し、次の各号のいずれかに掲げる行為をすることをいう。
一  つきまとい、待ち伏せし、進路に立ちふさがり、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所(以下「住居等」という。)の付近において見張りをし、又は住居等に押し掛けること。
二  その行動を監視していると思わせるような事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと。
三  面会、交際その他の義務のないことを行うことを要求すること。
四  著しく粗野又は乱暴な言動をすること。
五  電話をかけて何も告げず、又は拒まれたにもかかわらず、連続して、電話をかけ若しくはファクシミリ装置を用いて送信すること。
六  汚物、動物の死体その他の著しく不快又は嫌悪の情を催させるような物を送付し、又はその知り得る状態に置くこと。
七  その名誉を害する事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと。
八  その性的羞恥心を害する事項を告げ若しくはその知り得る状態に置き、又はその性的羞恥心を害する文書、図画その他の物を送付し若しくはその知り得る状態に置くこと。(以下略)


この法律が施行されたのは平成12年で、当時すでにPCや携帯電話のメールは普及していました。にも関わらず、同法の規制対象に電子メールが含まれていないことは立法の不備と考えて良いでしょう。しかし、今回の神奈川県のケースでの警察の対応は適正だったと言えるでしょうか?

かねがね行政は、公職選挙においてブログ更新などのネット利用を摘発してきました。周知のとおり、公職選挙法はインターネットの出現を想定しておらず、明示的にネット利用は禁止されていません。そのような場合、行政や司法は立法目的に沿って判断することになります。私は、公選法については文書図画規制の目的(公正な選挙)に照らして、ネット選挙は合法との立場をとって来ました。

同様に、メール規制を明示していないストーカー規制法についてはどう解釈すべきでしょうか?同法の目的はストーカー被害の防止ですから、条文で明示されていなくても、容疑者のメール送信行為は違法であると考えることが適正だったと思います。警察が「法律で禁止されていないので逮捕できない」と被害者に言ったことは、怠慢でしかありません。

現実に、下記のようなケースもあります。

【同級生にストーカー「メール」容疑で男子大学生を逮捕】
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20121112-OHT1T00187.htm

札幌・北署は12日、同級生の女性(21)にストーカー行為をしたとして、ストーカー規制法違反の疑いで、北海道岩見沢市の大学2年の男(19)を逮捕した。

逮捕容疑は10月14日ごろから今月10日ごろ、交際するよう求めた同級生の女性に「覚悟しろ」「無理でも付き合ってくれ」などと書いたメール4通を女性の携帯電話に送った疑い。

ストーカー規制法はメール送信を「つきまとい行為」の対象にしていないが、道警は今回の逮捕について「交際を求めており、同法で定める義務のないことを要求する行為などに当たる」としている。

道警によると、女性が今月10日、北署に「付きまとってきたり、6月ぐらいから約1000通のメールが来たりして困っている」と相談した。メールの大半は女性が消去していた。
(報知新聞)



警察庁長官は同法改正について言及していますが、法律を改廃するのは立法府の仕事であって行政官の権限を越えています。行政官にすぎない警察庁長官は、法律の枠内で国民のために働かねばならないのです。神奈川県のストーカー殺人は法律の不備が原因ではなく、神奈川県警の職務怠慢や過失が原因なのです。いまの法律の枠内で、充分防ぐことができた殺人事件です。

すべての警察官、そして行政官に問いたい。あなた方はどこを向いて仕事をすべきなのか。あなた方の能力と労力は、だれのために捧げられるべきなのか。もう一度考えて欲しいと思います。
| 本山たかはるの政治論 | 18:22 | comments(0) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - けいさつかんのおしごと
大手マスコミが黙殺する「事実上のネット選挙解禁」
皆さんこんにちは!福岡の本山たかはるです。

前回の記事でお伝えした通り、選挙期間中の「ブログ更新の罪(!!)」の件は不起訴となり、事実上の「ネット選挙解禁」が実現しました。しかしこの件について、いまだに大手マスコミは殆ど報じていません

これまで大手マスコミは、選挙期間中と選挙終了後を含め度々本件について報じてきました。

▽統一地方選:「総務省の見解は間違い」候補者HPの更新相次ぐ(毎日新聞
http://fightingparty.jugem.jp/?eid=20

▽市議選候補、政策演説をネットで毎日生中継(読売新聞
http://fightingparty.jugem.jp/?eid=21

検察に書類送検された際も、西日本新聞が夕刊で報道し、各社から取材がありました。

▽ネット選挙に関する書類送検について
http://motoyama.sejp.net/?page=6

ところがいざ「不起訴」となると、まったくの無視、黙殺です。念のため全国紙各社にメールで事実をお知らせし、検察の問い合わせ先まで明記しましたが、取材の申し込みすらありません。「有罪」の可能性がなければ、ニュースバリューがないということでしょうか。あるいは、「事実上のネット選挙解禁」という事実が不都合なのでしょうか。

書類送検の段階で大々的に報じながら、いざ不起訴となると無視する。これでは、読者に対して「ネット選挙はやはり違法だ」「本山たかはるは犯罪者だ」という印象しか残さないでしょう。たいへん残念なことです。

そんな中、ウェブ・ニュースサイトである「ネット選挙ドットコム」が報じてくれました。

▽ネット選挙完全解禁!?本山たかはる氏に不起訴
http://www.net--election.com/news_aErqp42Zyw.html

このブログも読んでいただいたようで、感謝です。

また、言論プラットフォーム・アゴラに私の投稿記事が掲載されました。

▽事実上解禁されたネット選挙 --- 本山 貴春
http://agora-web.jp/archives/1493725.html

アゴラはかなりクオリティの高いオピニオンが集まるウェブサイトで、いつも愛読しています。アゴラに記事が投稿されるのは3度目ですが、採用いただいて感謝しています。

「近いうち」に衆議院が解散し総選挙になる、一説には年内かとも言われています。今度の衆院選は自民党が政権奪還するのか、日本維新の会がどこまで躍進するかなど、注目度の高い選挙になると思われます。私はとくに誰を応援するとも考えていませんが、ネット選挙がどこまで展開されるかを注視したいと考えています。

また、ネット選挙解禁の事実を大手マスコミが封殺する以上は、ネットの力を借りてこの事実を広めたいと思います。そのため、早速フェイスブックに「ネット選挙推進ネット」というページを立ち上げました。



今後はこのフェイスブックページなどを利用して、「ネット選挙解禁の事実」を広め、候補者によるネット選挙展開を促して行きたいと考えています。ご賛同いただける皆さんは、是非ご協力をお願いします。
| 本山たかはるの政治論 | 18:52 | comments(2) | - | pookmark | このエントリーをはてなブックマークに追加 | このエントリーを含むはてなブックマーク| はてなブックマーク - 大手マスコミが黙殺する「事実上のネット選挙解禁」

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